火の連続性

宮島の「真言宗大聖院」の「不消霊火堂(きえずのれいかどう)」が焼失した件。
私は知りませんでしたが、弘法大師の焚いた護摩の火が、1,200年間、そこで燃え続けていたといいます。
その「消えずの火」はさいわい、別の場所にも保管されているものがあり、無事存続しているとのこと。

考えてみれば、水害ではなく火事に巻き込まれたわけですから、消えずの火は消えたわけじゃないですよね。
その火事の炎の中に混じって、消えずの火も燃え続けていたはずです。
万一、別の場所での保管火がなくても、火事の火から炎を分けてもらえば、それはまあ消えずの火ですよね。

今回の火事の報道で連想したのは、オリンピックの聖火であり、その「火の連続性」です。
ギリシアで採火して、特殊な方法で五輪開催地に運び、保管し、ランナーが聖火台までリレーして運びます。

燃料などの「化学物質」が運ばれるのではなく、燃焼という「化学反応」が連続しているわけですよね。
つまり聖火は、目に見える「炎の連続性」こそが重要なんだろうと思います。

霊火堂が激しく燃えているニュース映像を見て、私にはその炎がとても神々しいと感じました。
なので消えずの火は、その火事の炎から採火すれば存続できる、と思った次第。

(写真は、霊火堂の火災を報じるニュース映像)

©FNN

この記事を書いた人

医療法人ひまわり会 つるはらクリニック 院長

コメント

コメントする

目次