「エホバの証人」と輸血

「エホバの証人」の信者は、教義により輸血が禁じられています。
ただし「自己血輸血」は、各信者の「良心事項」とする方向に最近教理変更したようで、医療者には朗報です。

自己血輸血とは、事前に採取しておいた自分の血液を貯蔵し、術中や術後の必要時に輸血することです。
心臓外科手術など、出血量が多い可能性のある手術では、ごく一般的に行われている手法です。

私が心臓外科医の頃は、エホバの証人の信者の方には輸血はおろか自己血輸血さえできませんでした。
術中出血を回収して体に戻す操作は、当時も良心事項として、信者の個人判断に任せられていました。
しかし自己血輸血は、採取した血液がいったん体から離れることから、その輸血は教義に反するものでした。

親が信者の場合、小さな子どもへの輸血をも拒否するため、小児の手術に際しては大きな問題となっています。
厚労省は、宗教上の理由で児童に輸血など必要な医療を受けさせない行為は虐待にあたる、としています。
私は90年代に、そのようなお子さんの主治医となり、心臓手術の執刀を担当したことが一度あります。

「無輸血で手術すると約束してくれなければ子どもには手術は受けさせない」と親御さんは主張します。
医学的には一定の輸血率が予測される心臓手術だと説明しても、親はまったく譲りません。

救命のための輸血は絶対にすべきと思っていた私には、それをも拒む宗教的な意義が理解できませんでした。
成人の信者ならまだしも、子どもの手術での輸血を拒否されることは、私にはとても抵抗がありました。

結局、輸血しないことを患者さんに約束し、でもいざとなったら輸血するつもりで、手術に臨みました。
さいわい無輸血で済みました。術中に大出血して究極の選択を迫られるような局面も、ありませんでした。
しかしもしも輸血していたら、どのような展開になっていたことやら。

今回、自己血OKの余地が出たことで、手術のリスクも法的リスクも、今後はずいぶん軽減することでしょう。
「よく祈ってじっくり聖書を調べた結果、医療目的での自己血の使用に関する見方を調整することにしました」
そう説明する教団側には、これまで長年の葛藤があって、ついにこのたび教理変更をしたのでしょうね。

(写真は、教団幹部による「統治体からの話」(3月20日付エホバの証人のサイト)より)

©エホバの証人

この記事を書いた人

医療法人ひまわり会 つるはらクリニック 院長

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