「学生の頃、何か運動してましたか?」
「学生運動を少し」
誰か芸能人がそんな返答をしてました。私たちの世代にはウケますが、最近の人にはピンとこないでしょうね。
かつて大学のキャンパスには、あちこちに「アジビラ」が貼ってあり、「タテカン」が林立していました。
タテカン(立て看板)の字は、たいてい黒か朱色で書かれ、字体は特有の「タテカン文字(ゲバ字)」でした。
時々、マスクにヘルメットの集団が、学内の通路や広場で演説をしていました。
その集団が講義室に乱入し、ビラを配って出て行くこともありました。
学費値上げ反対みたいな身近な主張は無く、三里塚がどうのと、ノンポリな私には興味の無いテーマでした。
その頃に開港したばかりの成田空港問題に関する運動らしいと、その程度の理解なのでした。
今では時々成田空港を利用することがあり、飛行ルートによっては三里塚を空から見下ろすことができます。
あるいは、Googleマップでそのあたりを「探索」したり、当時の資料をネット検索したりもします。
成田空港開港には異常な経緯があって、B滑走路は中途半端に途切れています。とても不自然な滑走路です。
そこで滑走路の拡張造設構想が、ずっと進行しているわけですが、このところ徐々に具体化してきました。
できればそれに合わせて、羽田–成田間の地上交通手段を、さらに拡充・高速化していただきたいものです。
両空港間の移動で時間を食うし、成田にたどり着けなかった過去の出来事が、私にはトラウマなのです。
(図は、成田空港のB・C滑走路の整備計画図)

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