「何かを極めたい」
仕事でも何でも最初はそう思い、でもやがて自分の限界を悟り、一定レベルを目指すことで納得してきました。
心臓外科医を志したものの、まだ学生時代から、実は心電図を極めたかったのかもしれないと思い至りました。
ですが心臓外科と心電図は関係も深いし、志す職業は心臓外科医だったので、その道を邁進して来ました。
卒業後4年目に、心臓に関する研究(動物実験)を始めると、自然と心電図に関わる分野に興味が湧きました。
最初は全身の循環生理、それから心臓単体の実験、さらに単離した心筋細胞を材料に使うようになりました。
そして最終的には、心筋細胞膜に存在する単一イオンチャンネルの電流を計測するような実験を始めました。
ところがそこまでいくと、心臓全体の電気生理学的現象である心電図への興味を、もう失っていたのです。
何かを深めるうちに脇道にずれ、最初の興味は薄れてしまうなんてことが、私の人生では何度もありました。
「熱しやすく冷めやすい」と言うこともできますが、実は、冷めたかわりに別の何かが熱くなっているのです。
「熱移動」です。全体としての熱量が同じとすれば、「熱量保存の法則」です。それでいいじゃないですか。
私のような年齢(つまり高齢)になると、なぜか「何かを極めたい」という欲求が再び高まってくるんですね。
もちろん仕事ではなく、ただの趣味でもなく、とても狭く、ひどく深く、とことん何かを極めたくなるのです。
それが何であるかは、まだここには書けません。だって、まだ何を極めたいのか見いだせてないのですから。
(写真は、極めるつもりなどさらさら無いですが、毎晩1株食べてるブロッコリー)

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