「ライプツィヒ」に来ています。フランクフルトから高速列車(ICE)で3時間半でした。
作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハが円熟期から晩年を過ごした、ドイツ中部(やや東寄り)の都市です。
この街はまた、メンデルスゾーンやシューマンゆかりの土地でもあります。
50年来のバッハファンとしては、いちどは来たかった場所でした。まず、中央駅が素晴らしい。
歴史的に重要な観光スポットの多くが徒歩圏内に集まっているので、1日あればすべて歩いて回れます。
まずは、バッハが「カントール(音楽監督)」を務めた「聖トーマス教会」。ゴシック様式。荘厳です。
バッハは当時、作曲家としてではなく、おもに演奏家として有名で、即興演奏が得意だったと言います。
教会では、ときどき演奏会をやってるらしいく、今日は誰かがパイプオルガンの練習をしていました。
そのお向かいにある「バッハ博物館」も、見る価値のある物が多数。本を1冊読んだぐらいに満足しました。
マタイ受難曲など、バッハ自筆の楽譜が展示してあります。おなじみの肖像画のオリジナルもありました。
教会にも博物館にも、なかなかそそる「バッハグッズ」の売店があって、あれこれ買ってしまいました。
その近所の「マルクト広場」がとても賑わっていたので、その一角で昼食を摂りました。
少し歩いて「聖ニコラス教会」。外観は修復工事中でしたが、中に入って樹木のような柱と天井に驚きました。
この教会は、東独崩壊のきっかけとなった市民集会が行われた場所としても知られています。
さらに「ライプツィヒ大学」。構内は見ていませんが、外観は極めて近代的でオシャレな高層建築でした。
その隣に「ゲヴァントハウス」。かつてメンデルスゾーンが音楽監督をしていた管弦楽団の本拠地です。
少し歩くと「メンデルスゾーンハウス」。ここの展示物も見応えがありました。日本語解説音声付きです。
メンデルスゾーンは、ユダヤ人であるがゆえに、生前には迫害を受け、死後もドイツでは厳しい評価でした。
しかし彼は埋もれていたバッハの功績を復活させた功労者。足を向けて寝られません。どの向きかしらんけど。
(写真は、バッハ博物館所蔵の、バッハの肖像画)

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