ネンキン問題

週刊誌の書評を読んで興味が湧いた本があり、早速書店に行きました。

ところが店に着くと、書名をすっかり忘れているのです。

こういうことが最近よくあります。

カウンターで本の検索をお願いしました。

店員「なにか思い出せるものは?」(検索用のパソコンに向かいながら)

私 「粘菌(ネンキン)・・・」(100%誤解されるだろうなぁと思いつつ)

店員「年金ですね」

私 「普通の年金ではないのです」(もう少し誤解を楽しもうかと)

店員「厚生年金とか、個人年金とか?」

私 「ねばっこいバイ菌、という字を書きます」

店員「・・・」

私 「ネンキンで変換すると意外と出てきます」

店員「あっ、出ました」

粘菌とは、単細胞なのに数センチ以上の大きさにもなる不思議な生き物です。

この日購入した本では、粘菌のもつ驚くべき知的能力が紹介されています。

著者はこの研究で「イグ・ノーベル賞」を受賞している人です。

私はしかし、頭の中で別の方向にドンドン広がっていく発想を抑えきれませんでした。

「個人粘菌」・・・・・研究者以外に、趣味として個人で粘菌を飼育するマニアがいるかも

「粘菌手帳」・・・・・個人粘菌のコレクションを、マニア同士で見せ合ったりする

「粘菌定期便」・・・・毎月いろんな種類の粘菌が届いてマニアを楽しませる通販

「消えた粘菌問題」・・アメーバ状にどのようにでも変形するので見つけにくいです

「基礎粘菌番号」・・・やはり一元管理が必要です by日本粘菌機構

子ども手当でワクチン無料化を

本日内閣総理大臣に任命された菅直人氏は、子ども手当の一部現物給付論を以前から唱えていました。賛成です。

そこで提案。この機会に、こどものワクチンの完全無料化を実現してはどうでしょうか。

ワクチンのうち、すべてのこどもたちが無料で接種を受けられるように国が規定しているもの(定期接種)のほかに、希望者だけが有料で接種を受ける(任意接種)ワクチンには、おたふくかぜ、水痘(水ぼうそう)、ヒブ、肺炎球菌ワクチンなどがあります。

米国では、これらのワクチンはすべて無料です。欧米各国もおおむね同様です。ワクチン行政において、残念ながら日本は後進国です。

例えば日本ではいまだに麻疹(はしか)が散発的に流行し(2008年は患者数約1万人)、麻疹がほぼ根絶されている米国から、日本は麻疹輸出国として恐れられています。

そうなった原因には、麻疹ワクチンの接種回数が1回だけであったことと、その接種率が低かったことがありますが、とくに約20年前に起きたMMRワクチン(麻疹+風疹+おたふくかぜ)の副作用による接種の一時中断が大きく影響したと思われます。

同様に日本脳炎ワクチンは、重い副作用が5年前に起きて以来、いまだに接種率は低迷しています。

これらはいずれも、疫病の根絶について啓蒙することよりも医療事故の糾弾を優先するマスコミの論調や、そのマスコミに扇動されて一斉にワクチン接種拒否に向かってしまう日本人の気質、それに役人のことなかれ主義と政治の先見性のなさがもたらした悲劇と言えるでしょう。

そのようなわけでワクチンの無料化も遅れているわけです。

ヒブと肺炎球菌ワクチンを乳児期からフルコースで4回ずつ接種すると、1人約7万円かかります。

子ども手当(満額)の3カ月分に過ぎませんが、それが現金給付では必ずしもワクチン接種にはつながらないでしょう。

菅総理の持論である現物給付の一環として、こどものワクチンの完全無料化を提案します。

(追記)

麻疹については4年前と2年前に予防接種計画の見直しが行われ、患者数は減りつつあります。

日本脳炎ワクチンについても、今春からようやく積極的勧奨接種に切り替わりました。

おつりのほうになります

腱鞘炎になってから、箸を使わなくてすむピザを食べることが増えました。

昨日宅配ピザが届いたときの会話。

ドアを開けると、「はじめに商品のほうをお渡ししますが大丈夫ですか?」

次に2千円を出すと、「2千円からおあずかりします」

さらに、「こちら、おつりのほうになります」

「~のほう」   

いちばん頻繁に耳にするフレーズで、応用範囲の広い言葉です。ムカつきます。

「大丈夫ですか」 

何か心配事がある状況で使う言葉です。もしかすると私の腱鞘炎を気遣ってくれたのか。

「~円から」   

丁寧に言おうとする気持ちなのか、おつりを前提とした意味を込めたのか。ともかくイヤな言葉づかいです。

「~になります」 

これについては、ちょうど来週6/10のNHKの番組「みんなでニホンGO!」でとりあげられるようです。

ちなみにこの番組、NHKらしい比較的深い掘り下げと、NHKらしからぬ軽いノリ(レギュラー出演者のザキヤマに負うところ大)のバランスがよくて、最近の私のお気に入りのほうになります。

腱鞘炎

満50歳になるまさに今年、五十肩になりました。ほぼ時を同じくして右手首の腱鞘炎も発症しました。

親指の根元の腱鞘炎で、ドゥケルヴァン(ドケルバン)氏病というそうです。

調べてみると、スポーツ(テニス)や育児(抱っこ)で起きやすい病気で、パソコンのマウス操作も原因になるとのこと。マウス腱鞘炎なる言葉もあるようです。

私は仕事以外でも、ヒマさえあれば一日中パソコン(Mac)をいじっています。

おまけに、これまで愛用してきたマウスが、電池内蔵のワイヤレスタイプでやたらと重いのです。失敗でした。これもIT化を進めすぎた弊害というものでしょうか。

痛みのために箸が持てなくなり、いま食事はフォークかスプーンか、または手づかみです。最近よく食べるものはピザ(とくにジャーマンポテト)です。

筆記用具も持てず、書類は代筆してもらっています。大きな声では言えませんが署名も代筆です。

湿布を貼り、消炎鎮痛剤を飲み続け、毎週ステロイド注射をしてきましたが、なかなか良くなりません。

局所の安静を保つために、最近装具を付けました。もちろん仕事中も付けっぱなしです。

右腕はちょっとサイボーグ風ですが、装着中は痛みが消えます。

欠点は、内部がムレることと、見かけが大げさなので他人から質問をあびることです。

それにしても、なかなか治りません。そのかわりに、いつのまにか五十肩は治っていましたが・・・

韓流ドラマ

チャングムにはまっています。ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」(全54話)のことです。

以前NHKで放送されたときにもはまり、ストーリーは結末までしっかり覚えているのに、最近民放(熊本朝日放送)で始まったチャングムを留守録して観ています。

数年前にも感じた怒り、悔しさと、時折訪れるカタルシスを、今回も毎週体験中です。

新しい韓流ドラマなら、「イ・サン」(全77話)です。

NHK BS2で大河ドラマ「龍馬伝」の再放送の直前にやっているのをふと観てしまい、ツボにはまりました。

したがって私の日曜の夜のルーチンは、8時から「龍馬伝」を観て、あわてて風呂に入り、9時からは「イ・サン」、流れで10時から「龍馬伝・2」となるわけです。

ちなみに、「イ・サン」の主人公は朝鮮王朝の若き王様。来週5/30の放送(第42話)でやっと王位に就くことになりそうです。

汚れた朝廷政治を改革するその役を演じている俳優は、誰あろうその名も「イ・ソジン」。クリーンな政治が期待できそうです。

(蛇足)

「イ・ソジン」の心の支えとなるヒロイン役は、その名も「ハン・ジミン」。政治改革を助ける役としては適任です。1年前ならもっとしっくりきてましたが・・・

(追伸)

5/30の放送では、まだ王位には就けませんでした。なにしろ全77話の物語ですから・・・

お役所と新型インフル

本日入荷した新型インフルエンザ用ワクチンを手にして、私はとまどっています。

なぜなら、1mlのバイアル(薬瓶)が請求人数分だけ届くと思っていたら、県の配分によって、私の元には10mlの大きなバイアルで供給されたからです。

このバイアル、開封後は24時間以内に使うキマリです。使い切れなければ残薬は廃棄しなければなりません。

10mlといえば、大人なら20人、6歳未満のこどもなら約50人に接種できる量です。

同じ日に予約者を呼び集めて効率良く接種して薬を残さず使い切らなければ、残薬を廃棄することになります。ワクチン供給量は予約患者数ギリギリなので、廃棄すればその分だけ、接種可能な人数が減ります。

完璧な効率で無駄なく全予約者に接種するのは困難です。であれば、ワクチンを廃棄せずに有効利用する方法はあるのでしょうか。

その疑問を「お役所」にぶつけてみました。

市(保健所)では解決しなかったので、県(健康危機管理課096-333-2240)に問い合わせました。

私「うまく使い切れなかったワクチン残薬を、優先接種対象者でない人に接種できますか?」

県「子供など他の優先接種対象者へは前倒し流用可能ですが、優先でない者には接種できません。」

私「24時間でどうしても使い切れず、捨てるしかない状況なら、健常者に流用して接種できませんか?」

県「できません。捨てて下さい。国の取り決めです。」

ラチがあかないので、国(厚労省03-3501-9031)に問い合わせました。電話がつながるまでかなり苦労しました。

私「どうしても余ってしまって捨ててしまうほどなら、健常者に接種できますか?」

国「できません。捨てて下さい。」

私「健常者に接種して国全体の感染者を減らせるなら、優先接種対象者にも有益ではないですか?」

国「ご意見は上層部に伝えます。」

ワクチンの製造効率を上げて接種人数を増やすためには10mlバイアル量産もやむを得なかったと長妻厚労相は11/6の予算委員会で言っていますが、前述の役所の対応では、本末転倒と言わざるを得ません。

季節性 vs 新型

インフルエンザ(季節性)ワクチンの接種予約受付を始めたところ、あっというまに10月の接種枠は埋まりました。

今年はとくに予防意識の高まりを感じます。

ただ、問題は季節性ではなく新型です。すでにこどもたちの間で流行しつつあります。

新学期に入ると爆発的に広がる恐れがあります。

新型用ワクチンの供給開始は早くて2カ月後(10月下旬)と言われていますが、その2カ月後があまりに遠く感じます。しかも供給量不足。

国内メーカーによる、季節性から新型への、ワクチン製造の切り替えが遅かった。

人類にとって、どちらのウイルスに対する免疫獲得がいま重要なのか、その判断を厚労省ができなかったのです。

流行を国民の慢心のせいと言う大臣の発言は、まったく的外れと言わざるを得ません。

そんなことを思いながら、衆院選の期日前投票を済ませてきました。

統計

勤務医時代のある日、集中治療室(ICU)にいた5人の患者さんの平均年齢を計算してみました。

およそ30歳ぐらいでした。

30歳と言えば、体力が充実し活力に満ちた年齢のはず。

さては深夜の交通事故で負傷した若者たちが一度に担ぎ込まれたのか・・・と想像してみることもできます。

タネを明かすと、5人の内訳は乳児(0歳)3人と高齢者2人。

0+0+0+70+80を5で割って30といったところです。すべて心臓手術後の患者さんでした。

平均年齢30歳という統計値には、何の意味も無いどころか、間違った印象を与えることがよくわかる典型的な事例です。

テレビの報道番組や特集を見ていて、視聴者に誤解を与える(または誘導する)統計値をしばしば目にします。

縦軸の目盛りがゼロから始まっていない棒グラフを出すような番組を、私は信用しないことにしています。

植物と太陽

数年前から鉢植えのコーヒーの木を育てています。

いつか実をつけたら、泣きながら収穫して、焙煎して、じっくり味わうつもりです。涙の味しかしないかもしれませんが。

最近、めいっぱい日の当たる所に、鉢の置き場所を変えてやりました。

さて今日は、ヒマワリの生態について、一般にはあまり知られていない珍現象をお教えしましょう。

ヒマワリは太陽光を感知すると、植物ホルモンの作用によって茎が曲がり、花が太陽の方向に向きます(正の屈光性)。

これは、光エネルギーをもっとも効率よく受容するための合目的的な現象です。

太陽の動きにつれて茎の曲がり具合も刻々と変化するので、あたかも花が太陽を追いかけるように、東から南、南から西へと向きを変えていきます。

日が沈むとホルモン分泌は途絶え、ヒマワリも眠りに入ります。したがって花はみんな西向きで夜を過ごすのです。

ところが翌朝、東の空が明るくなると、花はあわてて東向きに急転回します。これは数分間、おそらくは数秒以内の現象でしょう。

花は西から南を経由して東向きに戻ります。もしも北回りだと、茎がよじれてしまうからです。

ヒマワリ畑で、この急転回の決定的瞬間を見てみたいものです。

おそらくザワザワと音をたてて大騒動になっていると思われますが、いまだに目撃者はいないようです。

今日の話、子供には教えないで下さい。事実とは少し異なりますので・・・

(正しい現象についてはまた後日)

スピーチ

当院の看護師長が先月めでたく結婚いたしました。私は新婦側の主賓として披露宴に招かれました。

その主賓スピーチをめぐるドタバタが、今回のお話です。

格調高い祝辞にするために、書店をまわってマニュアル本を購入。しかも3冊。しかし読まずに寝かせておく(イメージトレーニング)。

式の前日、異常なまでの集中力(焦りとも言う)をもって本を読破、ただちに原稿執筆開始。

祝辞にはひととおりの挨拶言葉が必須(社交辞令)。新婦を褒めるかと思えば、説教もたれる(アメとムチ)。

印象的なエピソードも3つぐらいは盛り込みたい(三点盛り)。

聴衆をホオッとうならせ、クスッと笑わせ、ホロッと泣かせて、あれもこれも・・・

あまり長いと途中で新婦のお色直しが入るかもしれません。

原稿を短くするのはホントに難しい作業です。

会場に向かう5分前に脱稿(人気作家並み)。念のため原稿を印刷。プリンタ設定がうまくいかず、異様に小さいフォントになったけど修復の余裕なし。

この日のためにヨネザワで新調したメガネ(遠近)は仕上がりが間に合わず。

車中で原稿を暗唱しようにも、意外に早く会場に到着。会場では知人に邪魔されて暗唱もままならず。

緊張を和らげるためのアルコール摂取は、尿意をもよおすばかりで逆効果。

テーブルに着いたらもはやまな板のコイ状態。

そして新郎新婦が入場。急に私は気が楽になりました。

「私の出番はたかだか3,4分間。この人達は2時間緊張の連続なのだ」と。

気がつくとスピーチは終了していました。

それを撮影したビデオを、私はまだ見ることができません。