ラッスンゴレライ

「ラッスンゴレライ」てなんですの? いや、ホントに。

演じている8.6秒バズーカー自身が、意味は無いと明言しているので、無意味なんでしょうね。

でも、何か英語を聴き取ったフレーズじゃないのか、って思いたくもなります。ならば元の英文は何なのか。

少々英語をかじっている知人に尋ねてみると、回答が2つ。

(1)lesson guerilla(ゲリラ兵を教育する)

(2)Listen, Gorilla!!(集中力のないゴリラを窘(たしな)める)

う〜ん。(2)はいいけど(1)がいまいち。座布団はプラマイゼロですな。

ゴリラが、遺伝学的にはチンパンジーに次いでヒトに近く、心優しい動物であることはよく知られています。

凶暴なイメージがあるのは、映画「キング・コング」の影響かもしれません。

あるいは、iPhoneにも使われているコーニング社の「ゴリラガラス」も、強いイメージを植え付けています。

考えてみると、私はゴリラのことをほとんど知りません。動物園で見た記憶もかすかです。

そこでこの機会に、ゴリラ研究の第一人者、山極壽一氏(京都大学総長)の本を読んでみることにしました。

初心者には「ゴリラ雑学ノート」がよさそうですが、残念ながら絶版だったので、Amazonで中古品を発注。

とりあえず近所の書店で、山極氏の新刊「父という余分なもの サルに探る文明の起源」を購入しました。

山極氏によると、「ニホンザルが優劣を決めるのに対して、ゴリラは勝ち負けを決めない」そうです。

平和を愛する優しいゴリラに、人間たる私が、逆に窘められた気がしました。なので(2)は逆ですな。

タクってお茶する

先日は電子カルテのシステムが事故ってしまい、いまここで告りますが、私はかなりパニクりましたね。

ハブがサボったせいで、サーバーがきょどったんでしょうか。あの時ばかりは、Macをディスりましたよ。

というのはフィクション。拙い創作文です。しかも意味不明。

文化庁の「国語に関する世論調査」が問題にしていた10個の言葉から、いくつか使って書いてみただけの話。

「愚痴る・事故る・告る・きょどる・サボる・パニクる・タクる・ディスる・チンする・お茶する」

このうち、8個しか使いきれませんでした(タイトル込み)。ていうか、書いてて気分が悪くなってきた。

名詞や名詞の一部の語尾に、「る」や「する」を付けて動詞として用いる言葉が、増殖しているそうです。

とくに嫌いなのは「ディスる」ですね。何か誰かを全否定するような、救いの無いイヤな表現です。

否定を意味する接頭辞「dis」に由来するのでしょうが、それ単独では、どうもピンとこない言葉です。

「きょどる」にしても、「挙動不審」のうちの肝心の「不審」の部分を省いてしまって、どうしますか。

ちょうどこれは、「キモい」が「気持ちいい」ではなく「気持ち悪い」の意味であるのと、似ています。

構造的に納得できない造語は、あまり定着してほしくないですね(と愚痴る)。

ブログを本にして出版

氾濫するネット情報とは異なり、書籍には、集積、統一性、重み、労力、時間、哲学を感じます。

しかしその本を、最近はあまり読みません。たとえ読んでも、なかなか最後まで読み進むことができません。

読んでいて気になった箇所があると、すぐに読書を中断し、ネット検索してしまいます。

検索があまりにも容易になったので、ついつい脇道にそれてしまうのです。

馴染みのない熟語とか表現、書いてある内容自体に興味が湧いた際にも、読書を中断することになります。

そしてひとたびネットに向かうと、元の本に戻る機会を逸してしまうのです。

ネットは混沌とした情報の海原であり、広く眺め回すことはできても、個々の情報の重みはどうしても軽い。

枝葉にも探りを入れるうちに、情報はいくらでも拡大・発散して、当初の目的をほとんど見失います。

しかもこのような作業で得られるのは、「へえ〜」か「ふ〜ん」だけ。ほとんど時間のムダです。

しかし、ほとんどムダだけど全部ではない。まれにチラッと、珠玉のページやお宝情報に遭遇します。

作りが良く、文章も読みやすく、主義主張が一貫していて、研究も奥深い。そのまま本にできそうなページ。

こういうサイトを作れる人が、どうして本を出さずに無料のブログを続けるのか。サービス精神?

このようなことを思うのも、最近知人(後輩)が自身のブログを書籍化して、けっこう売れているからです。

でも考えてみれば私のブログには、統一性、重み、哲学が無い。無料だからギリギリ許容されるんでしょう。

いや、許されているかどうかもわかりません。まさか本にするなど、考えたこともありませんよ。

大日本○○

くどいようですがNHKの「マッサン」は、ニッカウヰスキー創業者を描いたドラマです。

「ニッカ」という名前は、その前身である「大日本果汁株式会社」(またはその商品名)が由来のようです。

「大果(ダイカ)」としたのでは、なんとも語呂が悪くなるところでした。「日果(ニッカ)」で良かった。

「大日本○○」という会社が「ダイ○○」という社名に変わるかどうかは、語呂の問題なのでしょう。

大日本印刷は「ダイイン」にならなかったし、大日本除虫菊も「ダイジョ」ではありません。

「タカタのエアバッグのリコール問題に関連し、ダイセルの株価が急伸した」という記事を目にしました。

私には無縁の経済ニュースですが、しかし「ダイセル」という社名だけは、どうしても気になります。

調べてみると前身は「大日本セルロイド」でした。エアバッグ用のガス発生装置では世界3位とか。

「電力機器大手のダイヘンが、ワイヤレス給電システムを来年度にも発売する」という記事も見かけました。

「ダイヘン」ならば、元は「大日本変圧器」だろうと思って調べたら、「大阪変圧器」でした。そっちか。

ダイヘンと聞いて思い出したのは、ベタですが「代返」です。他人になりすまして、出欠の返答をすること。

医学部での講義の場合、出欠の取り方は、配られた紙に署名する方式だったので「代筆」ともいえます。

法医学の牧角三郎教授のときは、出欠取りの代わりに、いつも小テストが行われました。

答案を2人分書くのは大変なので、代返(代筆)するのも一苦労です。

しかも教授が筆跡鑑定をするものだから、すぐばれてしまい、翌週の講義のネタになるのがオチなのです。

今日はいつも以上に、話がまとまりませんでした。ま、ずれていく話も、嫌いじゃない。

読書ゼロではダメなのか

「読書離れ」をテーマにした、今日のNHKクローズアップ現代。

1カ月に1冊も本を読まない人が半数いる、という文化庁の調査結果を受けたものです。

「立花隆x国谷裕子」という対談は、久しぶりに見応えのあるものでした。

こういう切り口の番組では往々にして、読書離れ(=ネット依存)をダメなものとして論じます。

「本=的を絞って奥深い、ネット=幅広いかわりに表面的」という側面が強調されやすいものです。

しかし私は、本もネットも情報源として考えれば、本質的な違いは無いような気がします。

世の中の情報量は刻一刻と増えています。情報はどんどん幅広く、しかも奥深くなっているのです。

情報アクセスの速さを求めるなら、どうしてもネットが優位となるでしょう。

意外なことに、立花氏の考え方も、番組の趣旨に反して、ネットやスマホについてはむしろ肯定的でした。

「スマホの向こうに、ネットを通して人類の知識全体がある」と、知の巨人らしい発言です。

番組の最後に立花氏は、読書するだけでなく、書くことがいちばん役に立つ、と強調しました。

つまり、インプットした情報をまとめて、アウトプットすることが大事なんだというのです。

私は意を強くしましたね。このようなブログでも、ともかく日々書くことは意味があるのだと。

日本語は縦書きに限る?

私の中でいま、吉川英治が旬です。没後52年だからです。

日本における著作権の保護期間は「著作者の生存期間及び著作者の死後50年」となっています。

なので吉川英治の作品は、著作権切れです。ネットの「青空文庫」で、無料で読めるようになりました。

TPP交渉の行方によっては、保護期間が70年に変わってしまう恐れがあることは、前にも書いた通りです。

つまり、没後50年から70年の間の作家の作品はみな、著作権の微妙な状態、いまがチャンスなのです。

没後66年の太宰治の主な作品は、既にダウンロードしたものの、それで安心して、ほとんど読んでいません。

しかし吉川英治は、一昨日うっかり読み始めた「三国志」が止まりません。

止まりませんが、疲れます。パソコンの画面で長い文章を読むと、なぜこうも疲れるのか。

そういえば小説って、たいてい縦書きですよね。人間は、縦書きの方が読んでいて疲れにくいのでしょうか。

いやいや、眼球を動かす筋肉(外眼筋)の解剖学的特徴から言えば、目は左右の動きの方が楽なはず。

6つの外眼筋には、眼球を水平に動かす筋肉はあっても、まっすぐ垂直に動かす筋肉はないからです。

となると、パソコン画面で小説を読むのが疲れるのには、別の理由がありそうです。私の考えでは次の2つ。

(1)画面が明るすぎて、白地に黒い文字では、コントラストが強すぎる。

(2)ブラウザの横書き文章は左右の幅が広くて、眼球を動かす角度が大きすぎる。

では、青空文庫を縦書きで読みやすくしたサイトはないのか。ありましたね、その名も「えあ草紙」。

電子書籍リーダーの一種ですが、こういったソフトって、紙色と文字色が目に優しくて読みやすいですね。

なんといっても縦書きは、ひらがながしっくりきます。日本語の小説を読むのは、縦書きに限ります。

じゃあ、お前のブログはどうなんだ、と言われそうですが、まあ、それはそれ。

タイトルの付け方

ビジネスメールの件名は、要件が簡潔に伝わるように、日頃から心がけています。

例えば、何かの会合の案内に対する出欠の返事なら、件名を見ただけで出欠がわかるようにすれば親切です。

「Re: 同窓会のご案内」というメールを送るのではなく、件名自体を「鶴原 出席します」にするわけです。

これがブログのタイトルとなると、次の両極端な2パターンに分かれます。

(1)内容をあらわすもの

(2)奇をてらったもの

過去3日間のタイトルは(1)パターンですが、でも本来は(2)の方が好みなのです。書き換えてみると、

「タイトルの付け方」→「鶴原 出席します」

「消費税転嫁拒否の調査」→「秘密調査」

「外科系の専門医」→「大門未知子」

どうも最近は、内容に興味を持ってもらうために、(1)パターンの常識的なタイトルが多かったようです。

いってみれば実用書のタイトルです。

でも読み物として考えたら、小説や映画のタイトルのように(2)パターンの方が興味を引くことでしょう。

そういうわけで明日からは、あえて奇をてらったタイトルにしてみようかと思っています。実験的に。

中島みゆき

休診日なので、NHKの「マッサン」を朝から見ました。台風で昨日の放送が中止され、今日は2話連続放送。

サントリーの創業者(を想定した人物)も登場し、いよいよ盛り上がってきましたね。

まあそれにしても、朝っぱらから中島みゆきが唄う主題歌「麦の唄」には、まだ、慣れません。

あの、トルコアイスのように粘っこい歌声が、はたしてスコッチウイスキーに合うのか。

かつて、中島みゆきのライバルと言えば、松任谷由実でした。人によって好き嫌いが分かれる2人です。

音楽の好みを尋ねるとき「ユーミンと中島みゆきのどっちが好き?」というのが、80年代定番の質問でした。

学生時代に、友人のN君にその質問をしたら、八神純子という第3の答えが返ってきたことも思い出します。

日経ビジネスが、中島みゆきの昔の曲「糸」がなぜ、いまヒットしているのかを分析していました。

その詳細はともかく、同記事ではこれを「神曲化」と表現していました。

「神曲」という文字面を見ると、条件反射的に「ダンテの神曲」を思い出します。

しかしここでは、「しんきょく」ではなく「かみきょく」です。

なんでもかんでも、すばらしいモノを表現するとき、頭に「神」を付け始めたのは、いつ頃からでしょうね。

「神アプリ」とか「神サイト」とか。「神ブログ」なんてのもある。拙ブログとは無縁の呼称ですが。

アイヌと琉球民族

「新空港完成」という言葉を耳にしたので、ふとTVニュースを一瞥して、腰を抜かすぐらい驚きました。

画面に示された地図はなんと、沖縄じゃないですか。あろうことか、プーチン大統領が建設を指示したと?

よく見ると、択捉島の地図だったんですけどね。それにしてもまあ、沖縄本島と択捉島って、形が似てる!

週刊文春の「顔面相似形」という企画を思い出しました。

「エトロフ」とカタカナで書けば、明らかにロシア語風。ペトロフとかサハロフと同じ語尾です。

念のためネットで調べてみるとしかし、エトロフの由来って、アイヌ語じゃないですか。

「エト(ゥ)・オロ・プ」で「岬・ある・所」という意味だと、あちこちのサイトに書いてあります。

択捉島のみならず、千島列島も北海道も、もともと住んでいたアイヌの言葉の影響が地名に残っています。

「江戸(えど)」の由来も、アイヌ語の「エト」である、という学説もあるぐらいです。

昔の江戸は、日比谷入江が入り込んで「江戸前島」という岬(先端は新橋付近)が突出していたとのこと。

日本人は、旧石器時代から住んでいた原住民と、弥生時代にやって来た渡来人との混血と考えられています。

原住民とはいえ、元々はユーラシア大陸(またはムー大陸)からの移住者です。これがいわゆる「縄文人」。

渡来人の多くは、<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-579.html" target="_blank" title="春秋戦国時代">春秋戦国時代</a>の中国などから渡ってきた人たちでしょう。これがいわゆる「弥生人」。

北海道と沖縄は、地理的に渡来人の流入が少ないので、原住民(縄文人)が多く残っているとされています。

なのでアイヌと琉球民族が、よく似た風俗をもっていることは、実は不思議でも何でもないのですね。

択捉島と沖縄本島の形が似ているのは、まあ偶然でしょうけど。

スタバ

スターバックスが、全国で唯一店舗の無かった鳥取県に、ついに出店するとのこと。

「スタバはないが、日本一のスナバ(砂場)はある」「大トリを、鳥取にとっておきました」

鳥取県知事とスタバのCEOの間で交わされたとかいう、ダジャレの応酬。なかなかいいじゃないですか。

こうなったら、鳥取砂丘の真ん中に出店して欲しいものです。「スタバ in スナバ」ですよ。

わが家の近所にもスタバがあり、自転車でそばを通る時に店内を眺めますが、立ち寄ることはありません。

だって、いまから自転車で阿蘇に登ろうかと家を出発して1分後に、スタバに入ることもないでしょう。

あるいは数時間のサイクリングを終えて、汗ダラダラの状態で、自宅目前にしてスタバに寄るのもオカシイ。

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1032.html" target="_blank" title="iPhoneを自転車に装着">iPhoneを自転車に装着</a>してサイクリングしているので、スタバ前の交差点ではWi-Fi電波が入ってきます。

山に向かえば、電波状態が寂しくなります。Wi-Fiなんて頼もしい電波に出会うのは、そこが最終地点です。

ちなみにその交差点に接しているのは、「スタバ」「マクドナルド」「ソフトバンク」「耳鼻科」の4つ。

耳鼻科以外はみな、電波を発信してそうです。耳鼻科からも出ているかもしれません。

Mac利用者が多いことでも知られるスタバですが、私はまだ、Macを持ち込んだことがありません。

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-242.html" target="_blank" title="スタバでブログ執筆">スタバでブログ執筆</a>などと考えてみたこともありますが、多分、はかどらないでしょうね。

これでも色々と調べ物をしながら書いていますが、とくに言葉については、ネット情報だけだと不安です。

分厚い辞書の頁をめくりながら<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-159.html" target="_blank" title="つらつら眺める">つらつら眺める</a>のが、昔から好きなのです。これはスタバでは無理。