『グリーン ブック』

『グリーンブック』が、<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1973.html" target="_blank" title="アカデミー作品賞">アカデミー作品賞</a>を受賞しましたが、この映画について、私はよく知りませんでした。

私の興味はもちろん、『ボヘミアン・ラプソディー』が何賞を受賞するかという、その点だけでした。

残念ながら作品賞は逃しましたが、ボヘミアンは主演男優賞などの4部門を受賞したので、一応満足です。

しかしそのボヘミアンに作品賞を受賞させなかったグリーン ブックは、やはり観ておかなけれなまりません。

ちょうど今日がその封切り日。というわけで、今朝の第1回上映を観に行ってきました。好きですね。

もちろん内容については、ネタバレになるので書きませんが、まあ良かった。しっとりと心にしみました。

日本人にはやや縁遠いテーマのようであっても、意識の底に通じるものは万国共通です。

スパイもテロリストも異星人も出てこないので、必ずしも映画館の大画面で観る必要はないかもしれません。

あ、そうそう、ボヘミアンのような音楽モノも、大画面・大音響がいいですね。じゃあグリーン ブックも?

鑑賞後、帰宅してネットを見てみたら、この映画の作品賞受賞には批判的な意見が多いことに驚きました。

観る前には、ネット記事は一切読まないで出かけたので、そのようなことはまったく知りませんでした。

詳細をぼかして書くので意味不明かもしれませんが、私はそのような批判的な気持ちにはなれません。

多くは「特殊な状況を描いただけだ」みたいな意見です。別の言い方だと「んなことあるかい」でしょうか。

でも私は、その意見は的外れだと思います。そもそも映画なんてのは、特殊な状況だからこそ描くのです。

誰もが普通に経験する当たり前の日常なんて、「<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-2404.html" target="_blank" title="それは描かんのよ">それは描かんのよ</a>」です。わざわざ映画にしないのです。

二度観の感動もある

「感動した」「泣けた」と話題沸騰中の大ヒット映画といえば、『ボヘミアン・ラプソディ』ですね。

封切り日に観に行った話を書いたのはつい<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-2593.html" target="_blank" title="4日前の事">4日前の事</a>ですが、今日もまた、映画館に行ってしまいました。

感動がさめ始めた頃に再び観ることによって、感動を再燃・持続させようという「ブースター効果」狙いです。

ていうか、2度目ならではの発見や感動がまたあるだろうという目論見です。そして、また観て良かった。

それどころか、1回目よりもずっと深い感動がありました。展開がわかるからこそのカタルシスなのでしょう。

そしてまた、ドラマよりも音楽の要素が大きい映画だからこそ、何度も観たくなるのでしょう。

ジョン・ディーコン役やEMIのオッサン役の俳優が誰かなど、小ネタも仕込んでから観るとまた楽しめますね。

サントラはもちろん、Apple Musicでダウンロードして毎日聴いてます。本編のBlu-rayが出たら買います。

これはもう、公開期間が終わる前にもう一度(3回目!)観るしかありません。

これだけ話題になっているのに、今日の観客数は封切り日よりも少し多い15人程度でした。まあいいけど。

この映画の内容に批判的な方もいます。フレディ・マーキュリーの描き方が不正確だという意見もあります。

小説ならそうかもしれませんが、圧倒的な映像と音楽・音響でつくられる映画というのは、また別物です。

その意味で、いつか自宅でBlu-rayで鑑賞する場合には、近隣から苦情が出るぐらいの音量が必要ですね。

『ボヘミアン・ラプソディ』

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が、本日から劇場公開されているので、さっそく観に行きました。

「クイーン」ファンとしては、初日に観るのがマナーでしょう。そして、観に行って良かった。

最近の映画は金曜日に封切られることが多くて、金曜日が休日(休診日)の私には都合が良いですね。

『<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-2495.html" target="_blank" title="M:I">M:I</a>』も『<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1851.html" target="_blank" title="インフェルノ">インフェルノ</a>』も『<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-759.html" target="_blank" title="スティーブ・ジョブズ">スティーブ・ジョブズ</a>』も『<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-502.html" target="_blank" title="天使と悪魔">天使と悪魔</a>』も、みな封切り日に観ました。

客の入りは『M:I』よりもだいぶ少なく、ほぼ『スティーブ・ジョブズ』並みといったところか。

映画の内容に関連したことを書くので、いちおう「ネタバレ注意」と前置きしておきます。

ただし、ストーリーはすでに知られている事実だし、音楽もよく知っている曲ばかりですけどね。

中学3年の冬、アルバム『オペラ座の夜』でクイーンファンになり、高1のときはそればかり聴いてました。

自分で買ったレコードとしてもクラシック以外では2枚目でした(1枚目はビートルズのホワイトアルバム)。

クイーン最高傑作のひとつ『ボヘミアン・ラプソディ』も、このアルバムに含まれています。

この曲の演奏時間6分という長さが、当時のラジオ放送のネックでしたが、『預言者の唄』の方がもっと長い。

どちらの曲も、中間部のオペラ部分が特徴的で、友達とよく口ずさんでいたものです。とくに後者の方を。

フレディ・マーキュリー役のラミ・マレックは、決して、フレディのそっくりさんじゃありません。

しかしその、ステージ上のカラダの動きが、極めて似ています。ていうか、似せています。

歌声はフレディ本人の声を使っているそうなので、その点は完璧。音楽の使い方や編集も上手いですね。

音楽総指揮はブライアン・メイとロジャー・テイラーだし、ファンなら観て間違いのない映画でしょう。

紙幣の登場人物

一般の小売店と同様に医療機関でも、現金払いの際に必要な十分量の釣り銭を、あらかじめ準備しています。

当院のレジには、5千円札と千円札と硬貨6種類を、それぞれ一定数、配置しています。

診療終了後に釣り銭の増減をきちんと確認し、必要なら補充し、それぞれを定数に揃え、翌朝に備えます。

毎晩毎晩そのような現金勘定をしていると、ひどく汚れた硬貨や、破れかけた紙幣に出くわします。

真っ二つにちぎれそうなお札や、一部欠損して面積が小さくなったものにも出会います。

ごくたまに、夏目漱石の千円札が登場します。色合いは野口英世に似ていますが、なんか間抜けな感じです。

子どもの頃の千円札は、伊藤博文でした。今の青っぽい札とは異なり、金色っぽかった思い出があります。

いまの一万円札は福沢諭吉ですが、昔は聖徳太子でした。当時「聖徳太子」と言えば一万円札と同義でしたね。

五千円札というのは微妙な立ち位置にある紙幣ですが、今の樋口一葉も、先代の新渡戸稲造も、微妙。

記憶に新しい発行停止紙幣は岩倉具視の五百円札で、小学生時代にいちばんよく使ったのは板垣退助の百円札。

なぜこんな話をするのかというと、きっかけは大河ドラマ『西郷どん』で笑福亭鶴瓶が演じる岩倉具視です。

私の中では、蝶ネクタイでキリッとした五百円札の肖像が岩倉具視なので、鶴瓶とはギャップがありすぎです。

ついでに言うならドラマの板垣は、あの百円札のギネスもののヒゲの印象が強い板垣退助とはまったく違う。

さらに言えば伊藤博文だって、千円札とはまるで別人。朝の連ドラ『まんぷく』の牧善之介にしか見えません。

たぶん、岩倉も板垣も伊藤も、紙幣はその晩年の姿なのでしょうけど、染みついた観念は変えられません。

一度探した場所

物忘れが激しくなると探し物が増えます。探すために時間を浪費し、見つかっても見つからなくても疲れます。

このようなことをテーマに、以前も書いたことがあります。調べたら<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-184.html" target="_blank" title="6年半前のブログ">6年半前のブログ</a>でした。

日頃の探し物で多いのは、最近ではスリッパです。

冬になると裸足でフローリングを歩くのが冷たくて履くのですが、脱いだスリッパをよく見失います。

脱ぎ捨てる場所は、ソファーかイスの周囲か、風呂か玄関に決まっていますが、それがなかなか見つからない。

理由は2つ。探し方が不十分か、愛犬・花ちゃんがどこかに持って行ってしまったか。

最近経験したのは前者。最初の探し方が悪いと、後に見つけるのがとても困難になるという典型例でした。

書斎の机の下に脱ぎ捨てたスリッパは、まさかと思いながらも2度目にそこを探したら、見つかりました。

すでにその場所は探したという記憶が邪魔をして、なかなか2回も探そうとは思わなかったのが、敗因。

一度捜索を受けた場所に死体を移し替えて隠すという完全犯罪も、似たような心理を応用したものでしょうか。

最近放送されたドラマ『相棒』(第1・2話)でも登場したトリックです。(すみません、ネタバレ展開中です)

死体が見つからない事件で、敢えて住宅の基礎を掘り返して捜索したのは、移し替えを誘導したものでした。

「いったん調べの入ったここ以上に安全な場所はない」

これは、トリックを見破った杉下警部が、犯人に告げたセリフです。

でも多くの視聴者が第1話の途中から、このトリックを予想してたんじゃないでしょうかね。

だって、刑事コロンボ『パイルD-3の壁』とまったく同じ展開ですから。あれも、基礎工事でした。

確認のため、録画してある刑事コロンボを観てみました。ラストでコロンボ警部が犯人に告げたセリフは、

「アンタに欲しいのは、間違っても見つからない場所だ。それには一度捜査を受けた所がうってつけだ」

ここに隠したら完璧、と思うような隠し場所が急に現れたら、まず、怪しむことですね(犯人目線)。

弁護士ドラマ

弁護士モノのドラマが2つ始まったので、観てみました。

月曜がフジテレビの『SUITS/スーツ』で、昨日はテレビ朝日の『リーガルV〜元弁護士・小鳥遊翔子』。

小鳥が遊ぶところには鷹は居ない、ということで「小鳥遊」と書いて「たかなし」と読むのですか。へぇ。

『スーツ』は視聴率14.2%。そこそこの数字だと言いますが、評判は必ずしも芳しくありません。

たしかに、海外ドラマの『SUITS』と比べたら少しガッカリする完成度ですが、今後に期待しましょう。

できれば、もっと徹底的にオシャレに、キザに、そしてストーリーはもっと重厚にしてもらいたい。

一方の『リーガルVは』は、視聴率の15%こそ拮抗していますが、わりと好評価ですね。私も賛同します。

医者モノの『<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1127.html" target="_blank" title="ドクターX">ドクターX</a>』の弁護士版なわけですが、<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-677.html" target="_blank" title="カタルシス">カタルシス</a>の得られるストーリー展開も悪くない。

癖のあるキャラがあちこちに居て、伏線も十分です。来週も観たくなりました。

初回の印象はどうしても、前評判や期待とのギャップに影響を受ける嫌いがあります。

シリアスで重厚な展開を期待した『スーツ』と、破天荒な主人公の活躍を期待した『リーガルV』の違いか。

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1302.html" target="_blank" title="医者モノのドラマ">医者モノのドラマ</a>を観てガッカリするのとは違って、畑違いの弁護士モノは単純に楽しめますね。

少々説明調なセリフが出てきても許せるし、ディテールのあら探しをすることもないですから。

『M:I フォールアウト』

『ミッション:インポッシブル フォールアウト』 観てきました。

本日封切りの映画ですから、どのように注意して書いてもネタバレになりかねませんが、注意して書きます。

(でもなるべく読まないでくださいね、今後観に行く予定の方は)

朝9時前に映画館に行くと、子どもたちが大行列。目的は『インクレディブル・ファミリー』でしょうか。

『フォールアウト』の方は、客の入りは2割程度か。まあこれでも、他の映画の封切り日よりはだいぶ多い方。

ざっと客席を眺めたら、40〜60代ぐらいのオッサンがやたら多くて、ちょっと妙な雰囲気でした。

「007」シリーズでもそうですが、この手の映画は、誰が味方で誰が敵か、最後までわからないのが困ります。

昔のようにKGBが出てくれば単純明快なのですが、今は各国の諜報機関とテロリストが絡むのでややこしい。

もはや同盟国でも、自国組織ですら油断なりません。しかも逆転につぐ逆転。

もともと「M:I」シリーズは、二重スパイや裏切りが得意ですが、それがますます複雑になっています。

少しでも居眠りしたら置いてかれますからね。まあ、あのアクションだから、居眠りはできないでしょうけど。

どんでん返しには慣れているつもりですが、それでも結局、裏切られてしまいます。もちろん良い意味で。

それにしても「お面」ですよ、変装の。いくら精巧にできてるからって、そばで見ててバレないんですかね。

シリーズ第2作などは、ちょっと使いすぎじゃないのと思いましたが、今回はなかなか抑制的で効果的でした。

なんといっても、トム・クルーズのアクションには驚きます。どんな危険なスタントも、全部自分でやる。

撮影中に骨折して、しかもそのまま撮影を続けたとか。ああ、このシーンかと、映画見ながら思いました。

こんなことしてると、次は骨折じゃ済みませんよ。重症・重体になったらなったで、そのシーンも使うのかも。

ジュラシック・シリーズ

映画『ジュラシック・ワールド 炎の王国』を観たので、その感想文です。

(以下、ストーリーそのものを書くわけではないですが、どうしてもネタバレになりますのでご注意ください)

『ジュラシック・○○』シリーズの最新作(第5作)です。第1作の公開は1993年。もう25年も前なんですね。

第1作のCGはあまりにも衝撃的でしたが、さすがに25年もたつと、観る方もすっかりCG慣れしてますね。

シリーズのカテゴリーとしては、人間のエゴへの警鐘を強調したSFスリラー、とでも言うべきでしょうか。

テーマが恐竜なのに、人が次々と殺害されてしまうので、小さい子どもには見せられないレベルですね。

全作品に共通するのは、悪人たちは必ず最後には、恐竜に食べられてしまうということでしょう。

一般市民も多少は被害に遭いますが、とくに悲惨な最期を遂げるのは、金儲けに目がくらんだ悪人たちです。

逃げ延びようとする悪人たちに最後に鉄槌が下るシーンには、恐怖と同時にカタルシスを得てしまいます。

一方で、主人公とその周囲の人々は生き延びます。善人はなるべく殺さないのが、暗黙のルールなのか。

それでも、最新作と以前の4作品とでは、大きな違いがありました。終わり方です。

前4作は、大混乱の末にもそれなりの収束を迎え、そこそこ心穏やかなエンディングとなった気がします。

ところが今回の第5作ときたら、もうどうにでもなれという、投げやりな(やけくそな)終わり方でした。

次回作を作りやすくするための伏線のレベルを超えて、もう、次を作る気は無いのかと思わせます。

映画とハンセン病

加藤剛さんが亡くなりました。

ドラマ『大岡越前』や映画『砂の器』が代表作ですが、最近の映画では『舟を編む』で見かけました。

昨夜は約30年ぶりに『砂の器』を観てみたら、加藤氏の若々しいこと。その他の俳優の方々もみな、若い。

この映画の特徴は、終盤の構成の巧さでしょうね(以下、ネタバレあり)

成功した音楽家のコンサートと、事件の背景を解き明かしていく捜査会議とが、同時進行で描かれます。

『ゴッドファーザー』で、洗礼シーンとボスらの殺害シーンが並行して描かれた、あのラストに似てますね。

「業病」との位置づけで描かれている「ハンセン病(癩病)」が、この映画の根底を流れる重いテーマです。

松本清張氏が原作を書いたのは昭和35年。私が生まれた年です。映画ができたのが昭和49年。

ハンセン病を差別的に描いたのは、戦前の回想シーンに限定されており、一定の配慮はなされていました。

映画の最後にも、ハンセン病患者の社会復帰を拒むものは非科学的な偏見と差別のみだと、字幕が出ます。

この病気のことを昔の人たちは、本当に恐れ、差別してきたのでしょうね。他の映画でも見かけます。

有名どころでは『<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1796.html" target="_blank" title="ベン・ハー">ベン・ハー</a>』でしょう。主人公の母と妹が罹患しますが、キリストの奇跡で完治します。

私の好きな『<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-527.html" target="_blank" title="ブラザー・サン シスター・ムーン">ブラザー・サン シスター・ムーン</a>』でも、ハンセン病患者が差別され、隔離されていました。

これらの映画はハンセン病患者を、救済の必要な存在として、慈悲をもって描いていた気がします。

一方で、中学時代に観た『パピヨン』では、ハンセン病がひたすら不気味な存在でした。

最近(?)では『もののけ姫』にも、ハンセン病患者とおぼしき、隔離された人々が登場してました。

どのように描いても批判を招きかねない難しい題材ですから、今後この病気はとりあげにくいでしょうね。

『ブラックペアン』最終回

サッカーの試合と放送時間が重ならなくて良かったドラマ『<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-2448.html" target="_blank" title="ブラックペアン">ブラックペアン</a>』最終回。(ネタバレ注意)

「今日、すべて終わらす」と言い放つ、主人公の渡海先生。そりゃそうでしょう、最終回だし。

今日もツッコミ所(=間違い探しポイント)は満載でした。

いきなりの衝撃的なシーンは、例の秘密患者のレントゲン撮影でしょうか。

病室でのポータブル撮影は、プロテクターなし。居合わせた4名全員が、まるっと被爆してます。

おまけにそのレントゲン画像には「立位 P→A」とある。立位で背中側からX線を放射した場合の表示です。

そのディテールを、監修者が間違えるはずはありません。どう考えても、医療従事者向けのサービスですね。

CMタイムも気が抜けません。「花王アタック抗菌EX」のCM。あれ(=アタックNo.1)はなんですか!

「家庭教師のトライ」か「漂流教室xモンスト」のCMに匹敵するふざけ具合じゃないですか。

見てていちばん胸が苦しくなったのが、術中心臓マッサージ(心マ)のシーンですね。

まず、心マの手つきがダメ。アレじゃ蘇生しませんよ。

その証拠に、心マ中のモニターは、心電波形も動脈圧も完全にフラットでしたからね。

しかも、「諦めるな、諦めたら終わるぞ」と叫んだばかりの執刀医が、すぐに諦めてしまうってどうなの。

人工血管の縫合を終了して大動脈の遮断を解除したら、VF(心室細動)になりました。

それを予測したかのように、渡海先生はあらかじめ「いちおうDC用意しとけ」と叫んでましたね。

でもね、DC(=直流除細動器)なんて、言われなくても準備してあるはずですけど。

「ブラックペアン」の謎が、ついに解明されました。

ただ、術前には必ずレントゲン撮るので、渡海一郎氏がペアン置き忘れの罪をかぶるはずはないですけどね。

そこがこのドラマでいちばん、私が引っかかったところでした。まあ、全体的には面白かったけど。