イレッサ訴訟

肺がん治療薬「イレッサ」の副作用をめぐる訴訟で、最高裁は昨日、原告敗訴の判断を下しました。

この判決の報道でマスコミの歯切れが悪いのは、かつて原告寄りの偏向報道を行っていたためです。

被害者にはお気の毒ですが、医師も製薬会社も国も、がん治療のために、それぞれの立場で尽力したのです。

誰かが悪いから不幸が起きたのではありません。悪いのは「がん」です。

他に治療法がないので、「間質性肺炎」という副作用があっても、イレッサを選択するしかなかったのです。

それでも、身内を亡くされたご遺族は、この治療薬を選択したことを後悔しておられるのかもしれません。

間質性肺炎は、イレッサ添付文書の「重大な副作用」欄にある4つの項目の、4番目に記載してありました。

その記載が、1番目ではなく4番目だったから「注意喚起」が足りなかったのだと、原告は訴えていました。

しかしそれを1番目に繰り上げれば、別の重大な副作用の順位が繰り下がることになります。

実際、改訂第3版では1番目に繰り上がりましたが、そのかわり「重度の下痢」が2番目に繰り下がりました。

同様に、「中毒性表皮壊死融解症」が3番目に、「肝機能障害」が4番目に繰り下がりました。

繰り下げられた副作用で不幸にも死亡する方があれば、1番目でなかったことが問題になるのでしょうか。

1番目に記載しなければ十分に注意喚起できないというのなら、全部1番目に詰め込んだらどうでしょう。

あるいは行頭に、1)2)3)4)と書かずに、1)1)1)1)にしてはどうか。オール1番です。

そんなバカな話はないでしょう。

最高裁も「記載の順番(中略)により影響を受けるものではない」と常識的に判断しました。

抗がん剤は副作用が強く、医師や製薬会社にとってはリスキーな薬です。

しかしそれでも、果敢にがん治療に取り組むのは、その治療を求める患者さんがおおぜいいるからです。

今回のイレッサ訴訟の原告に対して、やんわりと批判的な意見を述べているがん患者団体もあります。

ほとんどの全国紙が、今回の判決を社説にとり上げていません。分が悪いので口をつぐんでいるのでしょう。

ただ一紙だけ、今回の判決に納得していない某紙が、今朝の社説でも医師や製薬会社を非難しています。

「イレッサが残した課題=医療とカネ」だそうです。もう、あきれます。

風疹大流行

風疹が大流行しています。

最大の問題は、免疫のない妊婦が風疹に感染することによる、先天性風疹症候群(CRS)の発生です。

CRSは、心臓病や難聴、白内障など、生まれてくる赤ちゃんに重大な障害を引き起こします。

私自身も、CRSによる心臓病のお子さんの手術に携わったことがあります。

心臓病や難聴は別の要因でも発症しますが、少なくともCRSは、防げる病気です。

妊娠の前に風疹ウイルスの抗体価を検査し、それが陰性ならワクチンを接種する。それだけで防げるのです。

いま妊娠していて、しかも検査で風疹抗体価が陰性と判明した方は、この流行で気が気ではないでしょう。

妊娠中にはもはや、ワクチンを接種できないのです。

周囲の家族らがワクチンを接種して、少しでも妊婦さんが感染するリスクを減らさなければなりません。

そもそも、妊娠時に風疹抗体価の検査をするのでは遅すぎます。妊娠前に検査しなければ、間に合いません。

いつ妊娠するかわからないなら、結婚時、いやそれよりも前に、ワクチン接種なり検査なりをすべきです。

風疹が流行している現状では、妊娠を希望する女性は、検査よりもまず接種でしょう。

じゃあ、いつするのか。今でしょう。

とか言いましたが、風疹ワクチンは、現在全国的に品薄です。8月ぐらいまでは入手困難という話です。

さいわい、麻疹風疹混合(MR)ワクチンで代用できるので、ご希望の方はMRワクチンを接種しましょう。

でも「風疹ワクチンを接種しましょう」と言っておきながら、ワクチンが無いって、どこか間違ってますね。

ドラッグ・ラグ

3/7付の週刊文春に、池上彰氏による「ドラッグ・ラグに泣いた安倍首相」という文章がありました。

新薬がもっと早く国内承認されていれば、前回首相を辞任することもなかったのに、という内容です。

残念ながら、本質をとらえ損なった記事だと思うので、私なりにこの問題点をとり上げます(長いです)。

安倍氏は2007年9月、難病「潰瘍性大腸炎」の病状悪化に耐えきれず、首相を辞任しました。

激務をこなすうちに、それまで使っていた治療薬「ペンタサ」では、症状が抑えられなくなったのです。

再び首相になれたのは、2009年に発売された新薬「アサコール」のおかげだと、本人がそう言ってます。

「この薬は欧米では20年くらい前から使われていたのですが(中略)承認が遅れました。本当に残念です」

安倍氏がこう言うように、欧米で使用されている薬が日本で承認されるまでの遅延が、問題となっています。

これが「ドラッグ・ラグ」です。欧米と日本との、薬の発売時間差は、平均2.5年だそうです。

その原因は、国内での「治験」や「審査」に時間がかかるためだと言われてきました。池上氏も同じ論調。

しかし詳細な研究によれば、治験や審査に要する時間は、米国と日本で大差ないことがわかってきました。

本当の問題は、治験以前の「治験着手時期の遅れ」であり、これがドラッグ・ラグの主因だといいます。

実際に、ゼリア新薬によるアサコール治験は2004年に始まり、その後4年で製造承認にこぎ着けています。

もう少し早くならんか、とは思いますが、治験と審査の段階で、異常に時間がかかったわけでもありません。

その意味で、池上氏は本質をとらえ損なっていると、私は言っているのです。

最大の問題は、90年代には欧米で普及していたこの薬の、国内治験が2004年にやっと始まったことです。

その理由は、すでにペンタサが普及していた日本で、さらにアサコールを発売する動機がなかったからです。

新薬開発の主要なインセンティブは、臨床的重要度ではなく、市場規模(=企業の利益)なのです。

潰瘍性大腸炎のような、国内患者数が少ない難病の治療薬は、需要が見込めないので儲からないのです。

こういった難病治療薬を「オーファン・ドラッグ」といいます。「オーファン」はみなしごの意味です。

患者数が少なければ治験もやりにくい上に、開発コストに見合う収益も見込めず、開発着手が遅れるのです。

オーファン・ドラッグの開発は社会貢献の側面があり、製薬会社任せにせず、国家的支援が必要です。

理解のある安倍首相の、ドラッグ・ラグ解消政策に期待します。

たらい回し

救急患者の「たらい回し」がまた、ニュースになっています。

埼玉県で急病患者が、36回にわたって「受け入れ拒否」にあい、2時間半後に死亡したとのこと。

そのような結果に至ったのは残念なことであり、問題点を掘り下げていく必要があります。

しかし、マスコミが好んで使う「たらい回し」という言葉は、不適切だと思います。

医療現場の実態を考慮せず、結果だけを見て医療機関を非難するニュアンスがあるからです。

しかしそれ以上に、「受け入れ拒否」という言葉には、マスコミの、医療機関への悪意を感じます。

病院はやむを得ず受け入れを断っているのであり、「受け入れ困難」とか「受け入れ不能」と言うべきです。

例えばある人が、どうしてもカレーパンを食べたくなったとします。

ところがスーパーに行くと「売り切れ」。この場合「販売拒否」ではありません。「販売不能」です。

別のパン屋に行くと、団体客がカレーパンを買おうとしている。店主には他を当たってくれと言われる。

他のコンビニに行けば、消費期限切れなので売ってもらえず、次の店でも断られ、その次の店でも・・・

これを、たらい回しにされたと言うでしょうか。

いいえ、どの店にもカレーパンがなかっただけの話です。つまり、カレーパンが足りないのです。

病院も同じ。医師や看護師やベッド数が不足しています。

救急を担当する医師の多くは、労働基準法に抵触するほどの<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-499.html" target="_blank" title="長時間労働">長時間労働</a>を強いられています。

ベッド数は、医療スタッフの数に応じた規定があるので、やみくもに増やすわけにはいきません。

病床稼働率(入院患者の埋まり具合)が、限りなく100%に近くなければ採算がとれない仕組みも問題です。

「受け入れ拒否」と報じられた病院は、急患を受け入れる余裕がないから断っただけなのです。

救急搬送を要請された25の医療機関が、のべ36回連続で受け入れ不能だったという状況こそが大問題です。

マダニに注意

ダニが媒介する新しい病気が日本国内でも発生し、問題になっています。その名も、

「重症熱性血小板減少症候群(Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome: SFTS)」

最初にこの疾患が報告されたのは2009年、中国の山岳地域での集団発生だそうです。

2011年にウイルスが確認され、マダニが媒介することが判明しました。

死亡率10〜30%で、特効薬やワクチンはありません。

日本でも昨年、山口県で発生が確認され、最近になって厚労省も情報提供を進めています。

マダニは日本全国の「草むら」などにも分布しているそうです。春から秋が「活動期」とのこと。

草むらでは「長袖長ズボンを着用する」のが予防法だそうですが、夏場にそんなこどもはいないでしょう。

マダニは数日間以上からだにとりついて「咬み続ける(吸血し続ける)」そうです。これは知らなかった。

しかしマダニが「とりついている」ことに気付いても、無理に引きはがしてはいけないそうです。

なぜなら「マダニの一部」が皮膚内に残ってしまうからです。うわぁ、それは避けたい。

厚労省のHPには、次のように記載されています。

「吸血中のダマニに気付いた際は、できるだけ病院で処置してもらって下さい」(原文ママ)

いやあ、そんな方がウチを受診されても困りますけどね。私は上手に引きはがす自信がありません。

おまけに「ダマニ」だし。

宿直手当

「勤務医の宿直には残業手当を払え」

この当たり前のような大阪高裁の判決が、2月12日、最高裁の決定によって確定しました。

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-395.html" target="_blank" title="以前にも書いた">以前にも書いた</a>ように、多くの勤務医は長時間にわたる「時間外労働」と「宿日直」を行っています。

しかし、時間外労働の一部または大部分または全部が、<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-70.html" target="_blank" title="手当の支払われない">手当の支払われない</a>「サービス残業」です。

さらに宿日直は「時間外労働」としても認めてもらえていないのが現状です。

「宿日直というものは、実際に診療に従事する時間は短く、ほとんどが待機時間である」

という、宿直医の現実を無視した解釈によるものです。

その結果、宿直明けにも通常勤務が行われるので、医師の過労と医療安全性の低下を招くことになります。

厚労省の調査によって、勤務医の時間外労働時間の平均値が月に100時間を越えることが、判明しています。

労働基準法には「36協定」という抜け穴があるので、この残業時間が即違法とはならないかもしれません。

しかし、月に約80時間とされる「過労死水準」を越えた勤務医は、その大半が過労死予備軍というわけです。

こんな過酷な状況が、何年も前から指摘されているのにもかかわらず、世論が盛り上がってきませんでした。

なので今回の最高裁の決定は、勤務医の処遇改善につながるものと期待されます。

「宿日直は、実際に診療に従事した時間だけではなく、待機時間を含めて全て勤務時間である」

この当たり前のことが、ようやく常識となりそうです。

DHAとEPA

今朝の新聞に、サントリーの健康食品「DHA&EPA」の折り込み広告が入っていました。

DHAやEPAは、ともに青魚などに含まれる「多価不飽和脂肪酸」で、動脈硬化の予防効果があります。

これらは体内で合成できないため「必須脂肪酸」とも言われます。

このような栄養素は、もちろん本来は食品から摂取するべきですが、足りない分を補うのがサプリです。

新聞や雑誌だけでなく、TVでもサプリのCMや通販番組をよく目にします。

この手の広告は、ある栄養素の必要摂取量を示し、それを全部食品から摂るのは大変ですよ、とあおります。

サントリーによれば「毎日マグロの刺身(赤身)を9人分食べなければなりませんよ」となるわけです。

チラシには赤身の刺身9人前の写真をドーンと掲載し、これ全部毎日食べられますか、と言わんばかりです。

そんなバカな話はないでしょう。赤身なんて、多価不飽和脂肪酸の含有量は多くないはずです。

確認のため、文科省のHPから「五訂増補日本食品標準成分表」をダウンロードしてみました。

驚くべきことに、多価不飽和脂肪酸の含有量は、マグロの赤身は魚介類の中では最低に近い部類です。

私の好きなブリの刺身はマグロ赤身の20倍、さば味噌缶詰では40倍の、重量当たり含有量でした。

ざっと見て、マグロ赤身以外の刺身か魚料理を、週に2,3回も食べたら摂取量としては十分と思われました。

サントリーのような巧妙な誇大広告って、取り締まることはできないのでしょうかね。

インフル注意報

熊本県にインフルエンザ「注意報」が発令されました。天草では「警報」レベルとのこと。

市内の小学校なども、先週辺りから学級閉鎖が相次いでいます。

注意報や警報は、県内80カ所の「定点医療機関」から報告される患者数によって決められます。

定点1カ所当たりの1週間の患者数の平均値が、10を超えると注意報、30を超えると警報となります。

インフルエンザ患者として報告するための「届出基準」は、次のどちらかを満たす場合と定められています。

(1)「突然の発症、高熱、上気道炎症状、全身倦怠感等の全身症状」の4つすべてを満たすもの。

(2)「迅速診断キットによる病原体の抗原の検出」(鼻腔吸引または拭い液、または咽頭拭い液による)

妥当な基準ではありますが、実際の診療では、どちらの条件にも該当しない場合を考慮する必要があります。

(1)で言えば、熱がそれほど高くない場合や、上気道炎症状に乏しいインフルエンザが時々あるからです。

別の風邪の経過中にインフルエンザを発症した場合には、「突然の発症」には見えないこともあります。

(2)では、発症からの時間経過が短い場合には、迅速検査結果が陰性であることもよく経験することです。

そもそも迅速検査の「感度」は60%から80%程度ともいわれています。

もっと総合的に、周囲のインフルエンザ発生状況などの傍証までも加味して、診断しなければなりません。

特定健診

メタボ健診ともいわれる特定健診は、約5年前に始まりました。医療費の削減がその目的です。

この健診を普及させるために厚労省がしぼりだした妙案(悪知恵)が、ペナルティの導入です。

受診率などが基準を満たさなければ、その「保険者」に財政的負担増加という罰則を科すわけです。

たとえば国民健康保険(国保)の場合、保険者は市町村など。

ペナルティが科されては困るので、市町村は特定健診の受診をしきりに勧めます。

とくに年度末になると、被保険者への電話攻勢が激しくなるわけです。

ところで特定健診は必ずしも無料ではありません。たいていはいくらかの自己負担が必要です。

問題は、すでに生活習慣病等の治療中で、血液検査等を定期的に受けている人たちです。

同じ検査をするのに、特定健診よりも、保険診療の方が安くできてしまうことがあるからです。

そのような人たちにまで、分けへだてなく、損得関係なく、熊本市の健診勧誘が行われています。

「市から特定健診を受けるように言われたので、今日の血液検査は特定健診でお願いします」

こう言って来院する方が、年度末に増えます。

「日頃の検査料金よりも、特定健診を使った方が、かえって高くつきますよ」

と説明することもありますが、あまり露骨に健診を否定するわけにもいかず、困っています。

医師免許証

厚労省が「なりすまし医師」対策を強めるとのこと。

実在医師になりすまして病院で働いていた「無資格医師」が逮捕された、昨年の事件を受けてのことです。

いったい病院は「医師免許証」をちゃんと確認したのか。こう言いたい方も多いでしょう。

私の勤務医時代の経験で言えば、転勤をするたびに、履歴書とともに医師免許証の提出を求められました。

といっても、ほとんどの病院(大学も)が、免許証は「コピー」の提出でよかったと記憶しています。

医師免許証というのは、<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-366.html" target="_blank" title="運転免許証">運転免許証</a>とは異なり、B4サイズの賞状みたいなものです。

そこに顔写真は無く、書いてあるのは「名前」「本籍地」「医籍登録番号」と「医籍登録年月日」だけです。

コピーの提出でよいとなると、元となる免許証のコピーか画像が入手できれば、簡単に偽造できます。

では、提出された免許証のコピーが本物かどうか、病院の採用担当者はどのようにして確認するのでしょう。

ここで活用するのが、厚労省の「医師等資格確認検索」サイトです。

検索画面に名前を入力すると、医師として登録してあれば、「名前」と「登録年」が表示されます。

しかしこのサイトは、その名前の医師が存在するかどうかを調べることしかできません。

なりすましに対して抑止効果がないどころか、むしろ、なりすまし医師の身分を裏付けてしまいかねません。

そこで厚労省はこのたび、この検索サイトを改修することにしたわけです。

新しい検索画面では「医籍登録番号」と「医籍登録年月日」の入力が必要となるそうです。

でも、だからどうなのって感じ。その情報さえ知っていれば「なりすまし」可能だからです。

やはり免許証は、本人確認のできる写真付きICカードにすべきでしょう。B4の免許証は、あくまで掲示用。