応召義務

医師には「応召義務」というものがあります。

診療を求められたら、正当な理由無くこれを拒んではならない、というものです。

医者がそこにいる限り、「本日の診療時間は終了しました」と言うことはできないキマリです。

診療時間が終わる少し前に、あらかじめ受付を終了するなどということは、本来、御法度なのです。

しかし、真面目にギリギリまで受付を行えば、診療は終了予定時刻を過ぎてしまいます。

当院では、駆け込み受付を全部受け入れているので、診療時間はどんどん延長していきます。

たとえば今日は日曜日なので、本来は17時までの診療ですが、実際に終わったのは19時少し前でした。

これはまだ良い方で、冬場など風邪の多い季節は、4時間も5時間もオーバーすることがあります。

考えてみると、応召義務というのは、理不尽なものです。それを決めたのはお役所です。

ではお役所は、職員が庁舎内にいる限り、市民の要請があれば窓口を開けてくれるのでしょうか。

銀行はどうか。午後3時を過ぎても、職員はまだ働いていますが、来店者に対応してくれるでしょうか。

一般の商店はどうでしょう。従業員がいる限り、客の求めに応じてくれるでしょうか。

仮に、他の業種で時間外の「サービス」はしてくれても、それは「義務」ではありません。

ところが医師の場合、それが義務なのです。

いや、それぐらい、プロ意識の高い職業ということで、納得はしてますが。

ヘルパンギーナ

「ヘルパンギーナ」という病名を初めて聞いた方はたいてい、驚きとともに警戒感をあらわにされます。

そのカタカナ病名がまるで、「ジフテリア」と同じぐらいの重病のように響くのでしょうか。

「大丈夫です、夏風邪の一種です」とご説明すると、たいてい安心されます。

「手足口病」と同じぐらいに、いま日本中で、もちろん熊本でも、ヘルパンギーナが流行中です。

そこで今日は、「ヘルパンギーナ」というヘンテコリンな病名の、まずは意味を覚えて帰っていただきます。

ヘルパンギーナの「ヘルプ(herp)」は「ヘルペス」と同語源で、「疱疹(=ブツブツ)」を意味します。

また「アンギーナ(angina)」という言葉は、「狭くなる病態」を意味します。

医学用語で「angina」と言えば、普通は「狭心症」のことです。胸が締め付けられるように痛むからです。

しかしもともとanginaは、ノドが腫れあがって狭くなるような状態「口峡炎」の意味です。

なのでヘルパンギーナ(herpangina)は「ノドが腫れてブツブツができた状態」ということになります。

39度前後の高熱が2,3日続きますが、髄膜炎や脱水などの合併症が起きなければ、それほど心配いりません。

ノドに「赤いブツブツ」ができ、半日もするとつぶれて「白いブツブツ」に変わります。これが痛いのです。

赤い状態でも8割方診断は付きますが、白い状態で来院された方なら、診断はほぼ確定です。

と思っていたら、遅れて手足に発疹が出て来て「手足口病」だと判明するケースが、今年はとても多いです。

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-642.html" target="_blank" title="先日も書いた">先日も書いた</a>ように、ヘルパンギーナと手足口病の原因は、どちらも同じグループのウイルスなのです。

それに、ヘルパンギーナでも手足口病でも、治療方針にそれほど違いはありません。

他の夏風邪と同様、ウイルス感染なので、治療法も対症療法だけです。

バルサルタン

血圧を下げる薬(降圧剤)「バルサルタン」に関する論文の不正疑惑が、波紋を呼んでいます。

製薬会社からの資金援助を得た研究者が、宣伝効果のある論文を発表し、薬の売上に貢献するという図式。

有力教授たちがこぞって荷担していたことと、売上1000億円を超す大ヒット薬だったことが問題です。

患者さんの不利益だけでなく、日本人が発表する研究論文全体への信頼を失うことにもなりました。

バルサルタン自体も、残念ながら私を含め多くの医師が、別の降圧剤への切り替えを検討中です。

今回これほど報道された以上、日本での売上に影響することは間違いないでしょう。

降圧剤のうち、最近とくに進歩著しいのが「ARB」という種類の薬で、バルサルタンもその一種です。

ARBは、アンギオテンシンという体内物質が、細胞に作用して血圧を上げる働きをブロックします。

日本では7つのARBが発売されていて、その一般名はみな、語尾が「サルタン」です(商品名は別)。

一連の報道を聞くたびに、どうしても思い出すのが「悲しきサルタン」という洋楽曲。

学生の時にヒットしていて良く聴いた、ロックバンド「ダイアー・ストレイツ」のデビュー曲です。

今回の事件はまさに、「悲しきバルサルタン」って感じです。

医者とパイロット

日赤などの病院に紹介して、重症の患者さんの診療をお願いすることが、しばしばあります。

病院の先生方が大変なのは百も承知ですが、夕方や夜にも受け入れていただき、申し訳なく思います。

勤務医の過酷な労働については、世の中に理解はされつつあるとしても、解消はされていません。

とくに、小児科、産婦人科、救急、外科系の医師たちの状況はひどいものです。

超過勤務が続いたり、少々体調が悪かったとしても、必要な診療活動は可能な限り行わなければなりません。

これは病院での立場上の責任と、医師としての使命感によるものでしょう。

人命をゆだねる職業という意味で、医師とよく比較されるのが、旅客機のパイロットです。

調べてみるとパイロットも、長時間勤務による過労や居眠り操縦などが問題になっているようです。

米連邦航空局(FAA)の規定では、搭乗前に最低9時間、1週間につき連続30時間の休息が必要とのこと。

十分な休息ができていないパイロットが操縦する旅客機に、乗りたい客もいないでしょう。

一方で医者は、どれほど疲れていても診療を求められ、しかし何か起きれば責任を問われます。

単純に、医者を増やせば解決するのかと言えば、そうではありません。

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-235.html" target="_blank" title="前にも書いた">前にも書いた</a>ように、医師総数はさほど不足してはいません。診療科による医師の偏在が問題なのです。

忙しい診療科の医者のなり手が少ないという単純な問題が、いつまでたっても、改善されそうにありません。

記名簿の個人情報

久しぶりに今日は、休日当番医の順番が回ってきました。

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-354.html" target="_blank" title="前回">前回</a>の当番医の日のブログで、来院順に帳面に名前を自署する「記名式」受付について書きました。

記名簿は、他の受診者の名前が丸見えなので、プライバシーの観点からは問題があります。

そのことが以前から気になっていたので、今年は少し工夫をしました。

受診者には受診票を渡し、そこに記名してもらった名前を、受付職員が記名簿に転記します。

記名簿は受付のカウンターの内側に置き、スタッフだけが見ることができるようにしたのです。

受診者には番号票を渡しておき、診察の進捗状況は、その番号がディスプレイに表示されるようにしました。

ここまでは、プライバシー保護に留意した良い方法だとは思うのですが、その後が徹底していません。

診察の順番がきた患者さんを、番号で呼ぶ方式に踏み切れず、結局実名で診察室に呼び入れているからです。

小さなクリニックですから、ここらへんのところは、親しみのある方法をもう少し続けたいと思っています。

しかし将来的には、さらに踏み込んだプライバシーへの配慮が必要となるのでしょうね。

ところで、岩手の県会議員K氏のブログが、いま激しく批判にさらされています。

K氏が県立中央病院で会計待ちのときに「241番の方」と呼び出されて、ブチ切れしたという「自慢話」。

「ここは刑務所か! 名前で呼べよ」と事務員にくってかかり、会計をすっぽかして帰宅したとのこと。

しかもその顛末を、自身のブログに書いたあげく、以下のように言い放つ始末。

「皆さん私が間違っていますか。岩手県立中央病院の対応が間違っていると思いますか!」

申し訳ないですがKさん。その答は次の選挙で出ると思います。

医療共通番号

「マイナンバー法」が成立したことは<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-600.html" target="_blank" title="先日も書きました">先日も書きました</a>が、医療への利用は先送りされました。

医療サービスにマイナンバー制度を導入すべきなのか、賛否両論あります。

考えられる利点は、どの医療機関でも、個人の診療履歴の確認が容易となることだとされています。

東日本大震災では、カルテが消失して診療に支障が出ました。あのような時には役立つかもしれません。

しかし、病歴という極度のプライバシーが厳重に守られる形で、しかも便利な運用ができるのでしょうか。

そもそも、その診療情報を、だれが入力してどのように保存・更新するのか。

各医療機関が診療のたびに、いちいち手作業で診療情報を中央機関にアップロードするのは不可能です。

電子カルテと連動するとしても、データ送信のための統一システムの構築など、気の遠くなるような話です。

いちばん現実的なのは、レセプト(診療報酬明細書)情報だけを、集約して保存することでしょう。

おそらくこれが、お役所の考える、医療へのマイナンバー利用法になるだろうと、私は推測します。

そのレセプトに記載されているのは、病歴の医学的詳細ではなく、保険診療の支払に関わる情報だけです。

実際の診療にどれほど役立つかわかりませんが、でも保険診療の内容チェックには、とても役立ちます。

もともと共通番号制度の目的は、国民の個人情報を統合して管理することですから。

除細動器

「日田の思い出」第2弾。<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-598.html" target="_blank" title="昨日も書いた">昨日も書いた</a>、日田の某救急病院の当直での話。

ある日曜日の昼、救急隊から救急車受け入れ要請の電話がありました。どうやら感電事故のようです。

この場合、心室細動という、致命的な不整脈に陥っている可能性があります。

もしそうなら、ただちに「電気的除細動」を行い、加えてさまざまな蘇生処置を施さなければなりません。

ところが困ったことには、その病院には、除細動を行うための装置(除細動器)がありませんでした。

これでは、救急車を受け入れたところで、肝心の救命処置ができません。

除細動器を備えた、ほかの病院を当たってもらうしかありません。

まさにこれこそが、救急車の「受け入れ困難」というべき状況です。受け入れたくても無理なのです。

なのにマスコミはこれを「受け入れ拒否」と呼ぶのです。

そして、このような対応が2,3病院続くと、「たらい回し」と言うわけです。

市内には規模の大きなS病院がありました。そこへ搬送するようにと、救急隊に伝えました。

すると1,2分後、また連絡あり。S病院の当直医は研修医なので、対応ができないとのこと。

この場合もまた、「受け入れ拒否」というよりは「受け入れ困難」と言うべきでしょう。

かくして私は、2台の救急車を同時に受け入れる羽目になりました。

1台目は、感電事故の患者さんを乗せた救急車。

2台目は、S病院から除細動器を運んできた救急車(ベッド上にうやうやしく除細動器が乗っていた)。

食物アレルギー

児童・園児のアレルギーについての書類(学校生活管理指導表など)を書くことが、最近増えました。

給食による食物アレルギー事故などが問題となり、学校や幼稚園はとても神経質になっています。

卵アレルギーのお子さんは多いですが、とくに怖いのは、そばやピーナッツなどの食物アレルギー。

アナフィラキシーという重篤な反応を起こし、生命にかかわる場合もあります。

そばと同じ釜で茹でたうどんを食べて、そばアレルギーを発症するのはよく聞く話です。

そばアレルギーの人が外食でうどんを食べる時は、そばがメニューに無い店を選ばなければなりません。

ていうかそんな不確実なことよりも、アレルギーに関する店内表示規則を作るべきでしょう。

カナダで数年前に、ピーナッツを食べたボーイフレンドとキスをして、女の子が死亡した事例がありました。

そのピーナッツアレルギーの子の死因は、その後、アレルギーではなかったと報道されました。

しかし、最初の報道がすぐに信用されるほど、ピーナッツアレルギーは症状が強いようです。

さいわい私は、ピーナッツアレルギーがなくてよかった。ピーナッツが好きだからです。

「柿の種」が家に買ってあれば、ピーナッツだけを選んで全部食べます。柿の種は残します。嫌いなので。

じゃあ柿の種を買うな、って話です。

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-589.html" target="_blank" title="先日も書いた">先日も書いた</a>新発売の「ソイジョイ・ピーナッツ」は、甘味料は気になりますが、けっこう気に入ってます。

でも、ふとピーナッツアレルギー対策のことが気になって、パッケージを確認してみました。

そこには「大豆アレルギーの方はお控えください」と書かれています。ソイジョイ全種に共通する表示です。

大豆アレルギーのことは警告しているのに、ピーナッツアレルギーについては何も触れられていません。

このへんは、法律上どうなってるんでしょうね。

体重計の精度

当院で使っている体重計は3台。このうち2台は先日、定期検査を受けました。検査手数料は2台で3200円。

これは法律(「計量法」)で定められた「特定計量器定期検査」です。

体重計の「性能・精度が一定水準に維持されているかどうか」を、2年に1回検査するものです。

おかげで当院では、体重計の精度は完璧です。

しかし、体重の測り方はどうかというと、赤ちゃんの場合はともかく、成人ではかなりアバウトです。

着衣のまま測定し、500グラムとか1キロとかを、目分量で差し引きます。

これでは体重計の精度もへったくれもありません。

前述した定期検査は、「取引又は証明」用として使用されている計量器に、義務づけられています。

そして医療機関における体重測定は、「証明」に相当するそうです。

計量法で「証明」とは、「業務上他人に一定の事実が真実である旨を表明すること」と定義されています。

するとつまり私は、「診療上患者さんに、測定した体重が真実である旨を表明」しているわけです。

着衣の重さを目分量で差し引いた体重が、果たして「真実」と言えるのか。

アバウトな体重測定をしているのに、体重計に厳密な精度が必要なんでしょうか。

体重計の精度に見合った測定をせよ、というのであれば、体重は全裸で測らなければならなくなります。

このような測定方法の問題点は見て見ぬふりして、体重計の精度維持だけを義務づけるのがお役所です。

出席停止

大型連休に突入し、今日などはポカポカ陽気でしたが、いまだに一部地域ではインフルエンザが流行中です。

インフルエンザに罹患すると、本人の健康上の問題だけでなく、周囲への感染拡大が問題となります。

本人は元気になったとしても、学校としては登校を差し控えさせる、それが「出席停止」です。

学校保健安全法第十九条で、出席停止について以下のように定められています。

 「校長は(中略)政令で定めるところにより、出席を停止させることができる」

学校保健安全法施行令(政令)第六条第二項では、

 「出席停止の期間は(中略)文部科学省令で定める基準による」

学校保健安全法施行規則(省令)第十九条でようやく具体的に規定されています。インフルエンザ関連では、

 「発症した後五日を経過し、かつ、解熱した後二日(幼児にあつては、三日)を経過するまで」

以前は「解熱後2日間」だけでしたが、昨年4月から「発症後5日を経過」の部分が加わりました。

昨今、抗インフルエンザ薬によって解熱が早くなり、熱だけを感染力の指標にはできなくなったからです。

発症後5日とは、発症日を0日として数えるので発症5日後までを意味し、出席停止期間は全部で6日間です。

これはけっこう長い。早々と解熱して元気になったお子さんは、暇をもてあまし、親も困ります。

どのタイミングで「発症」したと判断するのかで、出席停止期間が1日変わる場合もあります。

「夜から寒気があって、朝起きたとき39度だった」という人の発症は、今日でしょうか昨日でしょうか。

諸事情を考慮して、総合的に判定することになります。

(蛇足)

医療の世界では、熱を下げることを「解熱」、熱が下がることを「下熱」と使い分けています。

なので法律文の「解熱」には違和感があります。