診療報酬の審査

「『ご当地ルール』無駄の温床」

医療機関が請求する診療報酬の審査基準が、地域によって異なることを問題にした、新聞記事の見出しです。

どうしてすぐ、こういう発想になるんでしょうね、マスコミというのは。

「後期高齢者1人あたりの医療費でみると、最も多い福岡県は最も少ない岩手県の6割増し」

この書きぶりでは「福岡県は審査が甘く、過剰診療を誘発している可能性がある」と言わんばかりです。

診療報酬の請求が適切かどうかは、社会保険診療報酬支払基金などの機関が審査しています。

ここで重要なのは、審査しているのはレセプトであって、診療内容ではないということです。

ある患者さんの「病状」に対して、適切な診療が行われたかどうかは、審査対象ではありません。

その患者さんに付けられた「病名」に適合する診療が行われたかどうか、そのことのみを審査しています。

所詮、書類審査です。医師の診療にかける熱意や患者さんに対する誠意については、何も考慮しません。

「電子化したデータを分析し(中略)ムダな受診行動や過剰な治療行為をあぶり出す必要がある」

記事はこう結論づけていますが、このような一方的な考察ばかりはびこることは、大問題です。

診療費用については<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-976.html" target="_blank" title="以前も">以前も</a>書きましたが、「多いのは悪、少ないのが善」という図式は正しくありません。

医師が適切と思う診療を、過不足なく行うのが善です。

そのために審査機関は、医師の裁量を信頼して不要な制限を行わないことが、良い医療につながるはずです。

福岡県と岩手県の比較で言うなら、岩手県は審査基準が厳しすぎて萎縮医療になっていないか、心配です。

大病院受診の割増金

紹介状を持たずに大病院を受診する際は、一律に割増金が課されることになりそうです。

その趣旨には賛同します。大病院や救急病院の外来を、軽症の受診者が占拠している現状は問題です。

割増金というペナルティは、軽症患者が大病院を受診しないようにするための、いわば抑止力です。

現在までに、割増額・割増方法については、3つの案が浮上しているようです。

(1)初診時10,000円、再診時5,000円

(2)初診時5,000円、再診時2,500円

(3)初再診料を10割負担とする(元々3割負担の人の場合、初診時約1,970円、再診時約500円の割増)

あまり低額だと実効性が伴わない心配もありますが、患者負担を考慮すると(3)案が有力とのこと。

正式な紹介状は、一定の体裁を備えた「診療情報提供書」という形態をとるのがルールです。

医者の名刺の裏に走り書き、といった昔風のメモでは、有効な紹介状とはみなされません。

医療機関が診療情報提供書を発行すると、「診療情報提供料」という診療報酬が生じます。点数は250点。

3割負担の方であれば、窓口での支払いに紹介状代750円が加算されることになります。

なので(3)案だと再診時は、紹介状をもらうより、直接大病院を受診した方が安くなってしまいます。

大病院志向の者が地域の診療所を受診する動機がなくなり、大病院受診の抑止力にもなりません。

最終的に(3)にまとまるようでは、厚労省の本気度にも疑問を感じますね。

プロポフォール問題

東京女子医大の、鎮静剤「プロポフォール」使用による2歳の子の死亡事故問題が、波紋を呼んでいます。

この問題は、2つに分けて考えなければなりません。

(1)東京女子医大固有の問題

(2)小児医療における薬剤使用の問題

プロポフォールは、全身麻酔の際に用いられる、かなり一般的な薬です。

手術中の麻酔だけでなく、集中治療においても、鎮静の目的でしばしば用いられています。

一般に、呼吸や循環が不安定で高度な全身管理を行っている場合には、十分な鎮静が必要となります。

手術中と同程度かそれ以上に緊迫した重篤な状況では、プロボフォールで鎮静するのは適切な医療行為です。

プロポフォールが危険なのではなく、生死をさまようような危機的状況だからこそ、この薬を使うのです。

使った結果だけが問題視されますが、別の薬を使った場合と比較しなければ、正しい評価にはなりません。

医薬品は、成人における治験は行われても、小児での治験は難しいものです。とくに乳幼児はそうです。

治験はしていないけれど、成人での使用経験を踏まえて、乳幼児にも流用しているのが現状です。

使用上の注意には「乳幼児での安全性は確立していない(使用経験がない)」とのお断りが書かれています。

そのように書かれていても、重篤な小児には、必要があれば使うしかないのです。

ところが、何か悪い結果が起きると、「使用が認められていない薬」を使ったことが、問題になります。

このたびのプロポフォール問題は、小児の集中治療を明らかにやりにくくしたと、私は思っています。

なお女子医大の問題は、別の意味で根が深く、このブログで書ききれるものでもないので今回は触れません。

ウシ由来成分

日本製薬団体連合会から「医薬品安全対策情報」という小冊子が、毎月送られてきます。

医薬品の「使用上の注意」等における改訂内容などが、記載されているものです。

今月号は全40ページ。百数十品目の医薬品について、新たに報告された副作用等の情報が書かれていました。

ある種の降圧剤による腎機能障害についての記載が、いちばん目に付きました(なにしろ薬剤数が多い)。

しかし私が食いついたのは別の部分。ある定期接種ワクチンの情報です。以下に抜粋すると、

「本剤は、ウシ成分(フランス産ウシの肝臓および肺由来成分、ヨーロッパ産ウシの乳由来成分、米国産ウシの血液、心臓および骨格筋由来成分、ブラジル産ウシの心臓由来成分)を製造工程に使用している。(中略)本剤の使用にあたってはその必要性を考慮の上、接種すること。」

ワクチンの原料って、国際色豊かですね。今回の改訂では、ブラジルの記載が追加されたようです。

欧米のウシ由来成分を用いて製造された薬剤は、「伝達性海綿状脳症(TSE)」の危険があります。

TSEとは、いわゆる「狂牛病(BSE)」を含む、「異常プリオン蛋白質」が脳に蓄積する疾患の総称です。

実際には、ワクチン接種によるTSE発症のリスクはきわめて低いのですが、しかし可能性はゼロではない。

でも「必要性を考慮の上、接種すること」と言われても困りますよね。国が決めた定期接種なわけだし。

咳止めのシール

「ホクナリンテープ」は、胸や背中に貼って気管支拡張剤を経皮吸収させる、テープ剤です。

薬を飲むのが嫌いな子どもには重宝します。どうせなら、ほかの薬も全部、テープ剤にしてほしいものです。

ホクナリンテープの薬効成分「ツロブテロール」は、「アドレナリン」と同様の作用があります。

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-871.html" target="_blank" title="以前も書いた">以前も書いた</a>ように、アドレナリンは、生き物が危機的状況に直面したときに分泌されるホルモンです。

気管支を拡げて呼吸をしやすくするのも、その作用のひとつ。この働きを喘息治療などに使うわけです。

このホクナリンテープを「咳止めのシール」と呼ぶ患者さん(の保護者)が、結構多いです。

「咳止め(鎮咳剤)じゃないんですよ」と訂正するのですが、当たらずしも遠からず、かもしれません。

気道が拡がって呼吸が改善し、痰の喀出も容易となり、結果的に咳が鎮まるわけですから。

ホクナリンテープを開発したのは、呼吸器薬に強い「北陸製薬」と、粘着テープメーカー「日東電工」です。

北陸製薬が作った、アドレナリン類似成分の薬、ということで「ホクナリン」です。

私が研修医の頃には存在していた北陸製薬ですが、その後ドイツの化学会社「BASF」の傘下に入りました。

北陸製薬はその後「アボット」の傘下へと変わり、さらに「アボット・ジャパン」となって現在に至ります。

ちなみにBASFと言えば、昔の安いカセットテープの製造元の思い出が私にはあって、イメージが悪いです。

一方で日東電工から、乾電池・磁気テープ事業が独立してできた会社が、のちの「日立マクセル」です。

これまたカセットテープではお世話になりました。

今はもう、カセットテープは使いませんが、かわりによく使うのがホクナリンテープと、そういうオチです。

医薬品情報と広告

医薬品等の広告は、「医薬品等適正広告基準」によって、厳しく規制されています。

虚偽の内容や、不正確な表現、誇大広告等を防ぐための規則であり、その目的は安全のためです。

しかし、たとえ正確な情報であっても専門性の高いものは、一般消費者への広告が制限されています。

一般人に専門情報を提供しても、どうせ正しい判断ができないだろう、という浅はかな考えによるものです。

製薬会社等のウェブサイトを訪れると、「あなたは医療関係者ですか」という質問が冒頭に出てきます。

「はい」を選んだ人だけが、その先の専門的情報や広告を閲覧することができる作りにしてあります。

ネットで医薬品広告を掲載するためには「医療関係者のみが閲覧可能」な体制をとる必要があるからです。

ただし、本当に医療関係者かどうかを確認するすべはありません。あくまで自己申告によるものです。

ともかく、医療関係者のみが閲覧できるようにしてある、という、その建前が大事なのです。

実際に医師向けの広告を見てみると、とても詳細で重要な情報が掲載されています。

これを一般人が閲覧して有害になるとは、とても思えません。むしろ有益です。

玉石混淆のネット情報が溢れるこの時代に、医薬品メーカーオリジナルの情報に触れるのは大事なことです。

それが純然たる情報ではなく、広告だとしても、それを閲覧する自由は尊重すべきでしょう。

その情報を元に一般の方(患者さんなど)が判断するのをサポートするのが、医師の役割です。

要指導医薬品

改正薬事法が12日に施行され、「要指導医薬品」なるカテゴリーの薬が、新たに決められました。

一般医薬品(大衆薬)のうち、薬局での対面販売はOKだけど、ネットでは販売できない薬です。

「処方薬から大衆薬に変わったばかりで、副作用などリスクが確かでない薬」など20品目が選ばれました。

これによって、医薬品の入手経路は3段階に分けられることになります。

(1)医療用医薬品(処方薬):医師の処方が必要

(2)一般用医薬品(要指導医薬品):薬剤師の指導(対面販売)が必要

(3)一般用医薬品(上記以外):条件を満たした業者からのネット購入可能

しかし、要指導医薬品に「医師の処方は必要ないが、薬剤師の対面指導が必要」とする根拠って何なのか。

「大衆薬に変わったばかりでリスクが確かでない薬」という意味がわかりません。

処方薬として十分な知見がある薬を、よく検討した上で、大衆薬にスイッチしたのではなかったのですか。

だいたい、(1)が約1万8千品目、(3)が約1万品目なのに対して、(2)はたったの20品目。

なんか意味あるんですか、って言いたくなるほどの、スキマみたいなカテゴリーです。

国と各業界(医師、薬剤師、通販業者)の駆け引きの末に、落としどころとして作ったようにも思えます。

今後、処方薬を大衆薬にどんどんスイッチしていくための、緩衝帯みたいなカテゴリーなのでしょうね。

配合剤

新しい「配合剤」が、最近次々に発売されています。異なる成分の医薬品を、ひとつにまとめた薬です。

たとえば、よく組み合わせて使う2種類の血圧の薬(降圧剤)を、配合剤1錠で処方できるなら便利です。

患者さんは飲みやすいし、多くの場合、元の薬の合計よりも配合剤の方が安く設定されています。

じゃあ、いいことづくめじゃん、って思いますか? ところがデメリットもあります。

もしも副作用が出たとき、その原因となった成分がわかりにくい、というのがひとつ。

薬の作用を少しだけ強めたり弱めたりしたいとき、配合剤では微調整がしにくいのも欠点でしょう。

しかしそんなことよりも、もっと重大な問題は、ジェネリック医薬品が使いにくくなることです。

先発医薬品メーカーが開発した薬は、一定年数が経過すると特許期限が切れます。

すると後発メーカーが、先発品と同じ成分で値段の安い後発品(ジェネリック医薬品)を作り始めます。

当然、先発品の売上げが落ちます。先発メーカーには打撃です。

しかし配合剤を作れば、それは新たな特許と認められ、また一定期間、独占的に製造販売ができます。

つまり配合剤の発売には、ジェネリックへの移行を減らし、先発品を延命させようという狙いがあるのです。

そして先発品の特許切れ間近で配合剤を出すのが、「ジェネリック封じ」のための効果的なタイミングです。

まあ、そういう背景はあるにせよ、配合剤は価格が下がるので、処方医としても、そう悪い気はしません。

予想と診断と占い

「梅雨入りは早く、梅雨明けは遅くなる」

このような予想を、先月ごろ聞いたような気がします。<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-959.html" target="_blank" title="エルニーニョ現象">エルニーニョ現象</a>のためです。

いま東日本では大雨のようですが、少なくとも熊本では、梅雨入りしてからはあまり雨が降ってません。

梅雨入り宣言は早かったとしても、実質的に梅雨っぽくないのです。予想は当たったのか外れたのか。

予想なんてのは、好意的に評価すれば「当たった」と、懐疑的に解釈すれば「外れた」と感じるものです。

先日ある患者さんが、こう尋ねました。

患「お医者さんは、自分の体のことは何でもわかるんでしょう?」

私「いえいえ、自分のことは意外とわからないものなんですよ」

患「なるほど、占いみたいなもんですね」

私は「医者の不養生」の意味で答えたのですが、医学的診断を占いと同等に見られてしまいました。

まあしかし、自分で言うのもアレですが、医者の判断がいつも正しいとは限りません。

他の病院の先生や、患者さんに教えられることも多いです、いまだに。

先日見たNHKの「総合診療医ドクターG」でも、途中で私が予想した診断はハズレでした。悔しいですが。

X線住民検診

乳がんの集団検診において、全国の市町村のうちの34.6%が「視触診」を省いていると報じられました。

集団検診の多くが「マンモグラフィー」というX線検査によって行われているとのこと。

厚労省は、集団検診においてはマンモグラフィーだけでなく、視触診も行うように求めています。

しかし視触診による検診では、乳がんの死亡率を下げる効果がないという報告もあります。

さらに、視触診を行っていない自治体は、「医師の確保が難しい」と言い訳しています。

ちょっと待って下さい。医師が確保できていないのにマンモグラフィーを行うのも、違法なはずです。

「診療放射線技師法」では、集団検診でのX線検査には医師の立ち会いが必要、と規定しているからです。

ある調査によると、自治体の約半数で、乳がん検診に医師を立ち会わせていないことがわかっています。

同様に胸部X線検査も胃X線透視検査も、住民検診の大半が、医師の立ち会い無しで行われているそうです。

それらの自治体は、違法かもしれないけど許容されるだろうという、住民目線の臨機応変な考え方なのです。

ところが昨年、下関市が念のため厚労省に照会したところ、現場に医師がいないのは違法だという回答。

とんだやぶ蛇でした。結局、下関市では検診車の運用を中止したそうです。確認しなきゃよかったですね。

なお、診療放射線技師法は改正されて、医師の立ち会いは必須ではなくなる方向のようです、来年から。