胃酸を吐く

胸痛を訴えて来院する方はたいてい、心臓のことを心配しています。

「今朝から左胸の痛みが続きます」「2,3日前から心臓が圧迫されています」

このような症状の場合は心臓の痛みではなく、おそらく逆流性食道炎です。

しかし心臓病の心配は、(1)証拠を示して、(2)理詰めで、(3)実証しなければ、解消されません。

(1)心電図検査をします。胸痛持続中の心電図に異常がなければ、狭心症や心筋梗塞の疑いはゼロです。

(2)その説明に納得した瞬間から、症状がなんとなく軽くなります。安心することが、何よりも大事です。

(3)逆流性食道炎の薬を処方すると、数日で治ります。効いたことがすなわち、心臓病ではなかった証拠。

逆流性食道炎の症状は、胸やけ、ゲップ、呑酸(どんさん)、のどのイガイガ、咳など。胸痛もそうです。

呑酸というのは、胃酸がのどや口まで上がってくることです。でもなぜ「呑酸」と言うのでしょうね。

空気を呑み込んでゲップの原因となる「空気嚥下症」のことを、「呑気症(どんきしょう)」と言います。

空気を呑むから「呑気」、これはわかります。なのになぜ、胃酸をもどすことが「呑酸」なのでしょう。

吐いた挙げ句に、結局呑み込むからなのでしょうか。どうも釈然としません。

私もひところ、夜中の呑酸に悩まされていた頃があります。呑み込んだ胃酸は、ひどく酸っぱいものでした。

しかし胃酸の量が多くて、口の外まで吐き出してしまったこともあります。これでも呑酸なのでしょうか。

もやは「吐酸(とさん)」と言うべきでしょう。

「吐く」つながりで話は飛びますが、「嘘をつく」を「嘘を吐く」と書くことを最近知りました。

息を吐(は)いても、ため息は吐(つ)きます。正論は吐(は)きますが、悪態は吐(つ)きます。

口から何かを出すとき、その量が多ければ「吐く(はく)」、少量なら「吐く(つく)」のように思えます。

呑酸(あるいは吐酸)の場合の胃酸は、「吐く(はく)」なのか「吐く(つく)」なのか。

ようやく麻疹排除

日本が「麻疹排除」の状態であると、このたび国際機関によって認定されました。

「麻疹排除」とは聞き慣れない言葉ですが、「土着株による麻疹の感染が3年間確認されないこと」が基準。

「土着株」の方がもっと聞き慣れませんが、「外国から持ち込まれた麻疹ウイルスを除く」という意味です。

韓国に遅れること9年。昨年はWHOに認定を却下され、今年ようやく日本も麻疹排除を達成しました。

2008年には1万1千人の麻疹患者が発生し、欧米諸国からは「麻疹輸出国」と恐れられていた日本です。

ところが、麻しん/風しん混合ワクチンの定期接種制度を完備したら、2009年の患者数は740人に激減。

どうしてもっと早く、予防接種を徹底しなかったの、ていう話です。

ようやく麻疹輸出国の汚名も返上できますが、輸入ウイルスの危険があるので、予防接種はずっと必要です。

記憶に新しいのは、ワクチン先進国であるはずの米国で、去年から麻疹が流行しているというニュース。

カリフォルニア州のディズニーランドに、観光客が持ち込んだ麻疹が、一気に広がったとされています。

権利意識の高い米国で、「予防接種の拒否権」を行使する親が増えつつあるのが原因とも言われます。

ワクチン先進国に仲間入りしつつある日本ですが、米国のマネをすれば良いというものでもありません。

善玉と悪玉の中身は同じ

コレステロールには善玉と悪玉がある、ということになっていますが、誤解を招きやすい表現です。

善玉も悪玉もありません。コレステロールという物質は、ただの1種類しかありません。

コレステロールは脂質の一種で、細胞機能や細胞膜の維持には必須の、たいへん重要な分子です。

脂質は水(血液)に溶けません。なので血中を運搬するときには、水に溶けやすい専用ケースに収納します。

全身に送り届けるときのケースがLDL、余分なコレステロールを回収するときのケースがHDLです。

ご存じのように、過剰なコレステロールは血管の動脈硬化を引き起こし、生活習慣病の原因となります。

そのコレステロールを運んで来るのはLDL。なのでLDLに収納されたコレステロールを、悪玉呼ばわりです。

その反対に、余剰コレステロールを回収するHDLに収納されたコレステロールは、善玉と称してあがめます。

医学用語では、たとえば良性腫瘍とか悪性腫瘍というとき、そこには明確な、医学的定義があります。

ところがコレステロールの場合は決して「良性」「悪性」とは言いません。あくまで「善玉」「悪玉」です。

同じコレステロールを、善悪2つの側面から見た呼び方、というニュアンスで考えればよいのでしょう。

大事なのはバランスです。LDLが多くてHDLが少ないのはいけません。一般的にはその考え方です。

しかし面白いことに、コレステロールは、高くても良い、とか、高い方が良い、などの意見もあります。

さまざまな<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-943.html" target="_blank" title="学説">学説</a>や俗説に加え、メディアの取り上げ方にも偏りがあるので、臨床現場は混乱気味です。

白と金のドレス

元の色は青と黒のドレスなのに、人によっては白と金に見えるという、「白と金のドレス」問題。

そのドレスの画像が、最近ネットを騒がせています。パソコンで見る限り、私は「白と金」派です。

ネットでこういう画像が出てくると、たいていは「錯覚」によるものなのですが、今回はどうも違う。

見え方に個人差があるようなのです。

となると「色覚」の問題(異常?)ということになります。「老化現象」という言葉もちらついてきます。

考えられる病変部位は、水晶体、網膜、視神経、視覚中枢(大脳)、そして心因性の5つ。

老化現象なら、視神経か大脳か、と思いがちですが、真っ先にやられる部位は水晶体かもしれません。

つねに紫外線をあびている水晶体は、とくに40歳ぐらいから、だんだんと黄色く濁ってきます。

病的な状態まで混濁したら「白内障」です。なので40歳以上を「白内障年齢」というそうです。

水晶体が濁れば、透明性が低下しますが、すべての波長の光が均一にさえぎられていくわけではありません。

まず、短波長の光から順に、届きにくくなります。つまり最初は、青色の認識が低下するということです。

印象派の画家クロード・モネは、白内障を患い、病状の進行とともに色使いが変わったことで知られます。

「睡蓮」の連作では、晩年だんだん青味が消えて、赤黄色くなっています。青色が見えなくなったからです。

ついに片眼だけ手術を受けると、こんどは何もかもが青く見える「青の時代」が、しばらく続いたとか。

さて、青いドレスが白く見えてしまう私は、残念ながら、白内障への途上と考えるべきでなのしょうか。

迅速検査の偽陰性

インフルエンザの流行も下火になったかと思っていたら、この週末はまた、高熱で来院する方が増えました。

病状からインフルエンザを疑えば、多くの場合、迅速診断キットを使ってウイルス抗原の検査をします。

細い綿棒を鼻孔から挿入して、鼻腔の奥から鼻汁を採取します。これが痛い。子どもは大泣きです。

その綿棒を専用の薬液の中に浸け、抽出液を専用のキット上に滴下させると、数分後に反応が出ます。

早い場合には、滴下の1分後には陽性反応が出ますが、遅い場合には10分ぐらいかかります。

使用する診断キットによって決められた時間だけ待って、それでも反応が出ない場合に、陰性と判定します。

したがって、陽性判定はすぐに下せることがあっても、陰性判定をするためには、必ず時間がかかります。

インフルエンザの迅速検査で、インフルエンザでもないのに陽性が出る「偽陽性」はまれです。

一方で、発症後の時間経過が短く、インフルエンザなのに陽性が出ない「偽陰性」はしばしばあることです。

たとえ迅速検査の結果が陰性でも、病状からインフルエンザと診断すれば、治療に踏み切ることになります。

ただしその場合、本当はインフルエンザではない可能性も、常に考慮しておかなければなりません。

実際にそのようなケースでは、あとで別の感染症だと判明して治療方針を変更することが、時々あります。

迅速検査の結果は結局、陽性の場合しか当てにならないと考えておいた方がよいでしょう。

一般に、何かが「ある」と判定するのは容易ですが、「ない」と判定するのは難しいものです。

あのSTAP細胞も、その存在を証明できませんでしたが、存在しないこともまた、証明できてはいません。

インフルエンザと高熱

インフルエンザが流行しています。毎日多くの方が、節々の痛みを伴う急な発熱を訴えて来院されます。

あまりに熱が高くて心配になる方も多いですが、熱はウイルスの仕業ではなく、体の防御反応です。

このことは<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-461.html" target="_blank" title="2年前">2年前</a>にも書きましたが、高熱でも安心していただくために、発熱の機序をおさらいしましょう。

(1)インフルエンザウイルスが体内に侵入すると、まず鼻やノドの粘膜の細胞に感染し、増殖を始めます。

(2)感染した細胞から「サイトカイン」という化学物質が分泌され、周囲に異変を知らせます。

(3)免疫細胞が寄ってきて、ウイルス感染した細胞を食べ、ウイルスの特徴を他の免疫細胞に広報します。

(4)それと同時に、また別のサイトカインを分泌して、脳の体温調節中枢に対して発熱を要請します。

(5)脳の指令により、皮膚血管が収縮して熱放散を抑え、骨格筋がふるえて熱産生し、体温が上がります。

(6)免疫細胞はどんどん増殖し、あるものは感染細胞を食べ、あるものは抗体という飛び道具を放ちます。

ウイルスは低温を好み、38.5度以上になるとあまり増殖できなくなります。

免疫細胞は高熱を好み、38.5度以上になるととても活発になります。

最終段階(6)で免疫細胞の力を最大にするための準備として、(5)の発熱があるのです。

インフルエンザウイルスは、普通の風邪のウイルスよりも、はるかに急速に増殖します。

そのため(4)の段階のサイトカイン量は多く、結果として急な高熱が出ます。

高熱はつらいですが、免疫細胞がガンガン戦うための準備が整った状態だと、前向きに考えましょう。

MRSAに効く抗生物質

「MRSA」に効く強力な抗生物質が、「iChip」という培養手法で開発されたと、いま話題になっています。

もちろんMRSAとは「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌」のことで、<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-396.html" target="_blank" title="抗生剤">抗生剤</a>が効きにくい細菌の代表格です。

画期的なのは「iChip」の方なのですが、それはまた調べておきます。今日は抗生物質の話。

なお「抗生物質」という言葉は少々古風で堅苦しく、同じ意味でも「抗生剤」の方が言い易くて今風です。

化学物質としては「抗生物質」を、医療用薬剤としてなら「抗生剤」という言葉を、私は使っています。

さて、ご存じ「<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1172.html" target="_blank" title="Nature">Nature</a>」に発表された、その新たな抗生物質は、“teixobactin” と名づけられました。

新聞などはこれを「テイクソバクチン」と表記していますが、その「テイクソ」が、引っかかります。

この抗生物質の標的は、細菌の表面を構成する脂質の一種 “teichoic acid” です。

これは学生時代に「タイコ酸」として習いました。ノリスケさんの奥さんではありません。

“Teixobactin” の名が “teichoic acid” に由来することは明らか。ならば「タイクソバクチン」とすべきです。

それはともかく、新たな抗生物質が登場すれば、細菌もまた身を守るべく進化します。耐性菌です。

テイクソバクチンは、細菌の変異が起きにくい部位に作用するので、耐性の出現まで数十年かかるとのこと。

それでも、使えば耐性が現れ、使わなければ現れない。抗生剤というのは、安易には使わないことです。

エボラより怖い病気

インフルエンザはエボラよりも怖いと、昨日あるテレビ番組が、取り上げていました。

国内死亡者数が毎年1万人という、驚くような数字も示していましたが、たしかにこれは誇張ではありません。

厚労省の統計では、インフルエンザによる死亡者数は、年間数百人程度ということになっています。

しかしこれには、インフルエンザが原因で細菌性肺炎に罹って死亡した人の数などが、含まれていません。

インフルエンザにさえ罹らなければ、死亡することもなかった、という人の全体数を知る必要があります。

人口動態の統計処理によってその全体数を算出したものが、「超過死亡」という、WHOが提唱した概念です。

超過死亡は、インフルエンザによる死亡者数の実態を表すものと考えられており、年間約1万人にのぼります。

興味深いのは、超過死亡とワクチン接種との関係です。予防接種行政との関係といってもよいでしょう。

日本では1963年から94年まで、学童へのインフルエンザワクチンの集団接種が行われました。

集団接種の導入によって超過死亡は激減したものの、94年に中止されると再び急増しました。

その後2001年から高齢者への定期接種が始まって、再び減っています。

いずれにしても明らかに、インフルエンザワクチンの接種が、死亡数を大きく減らしたことがわかります。

それなのに、学童への集団接種が94年に中止された理由は、

(1)インフルエンザは罹っても軽症なので、予防の必要性も低い(当時日本に超過死亡の概念がなかった)

(2)ワクチンの有効性が低く、むしろ副作用の方が心配(マスコミが大きく取り上げて問題視した)

いま考えると、集団接種の中止によって何万人もの方が、死なずに済んだのに死亡した計算になります。

これはいま勧奨接種が中止されている、子宮頸がん予防ワクチンにもそっくり当てはまるような気がします。

(1)子宮頸がんは検診で発見でき、手術も簡単なので、予防の必要性も低い

(2)ワクチンの有効性は疑問で、むしろ副作用の方が心配(マスコミが大きく取り上げて問題視した)

遮断鉗子の大「助手」論

「遮断鉗子の大『助手』論・前編」(佐多荘司郎著)という本を、先日Amazonで買いました。

ある心臓外科医が修行する中で見いだした、執刀医(術者)ではなく助手はどうあるべきかを論じた本です。

心臓外科医ならずとも、すべての外科医、いや医師でなくても共感が得られる内容です。しかも面白い。

外科医の修練を私なりにまとめるなら「徒弟制度+自己研鑽」とでも言えるでしょうか。

すべての外科医は、術者という高みを目指しますが、まずやることは雑用と勉強と、そして手術の助手です。

病棟診療に忙殺され(しかも薄給)、学会発表でドタバタし、手術では指導医に怒鳴られ続ける日々です。

そんなとき若い外科医は、いつかは一人前の術者になる、という思いで頑張るわけです。

ところが著者は、術者をうならせる完璧な助手になる、というひとつの高みを見出したようです。

著者の佐多先生は、医局の後輩であり、勤務医時代の同僚であり、タフな心臓外科医です。

一緒に働いていた頃の彼の発言で、いまもよく覚えているのは次の3つ。

「ベトナムの料理はとても旨いです」「カンボジアは蚊が多いです」「ブータンの料理はメッチャ辛いです」

まあ野性的な人間だとは思っていましたが、その後単身でドイツに乗り込んで武者修行したと聞きました。

次はアフリカのブルンジで、心臓センターの立ち上げに協力するそうです。

その行動力には驚くばかり。ブルンジでの大活躍を祈っています。あと「後編」もよろしく。

病原体の感染経路

リベリアから羽田空港入りした発熱男性から、エボラウイルスは検出されなかったようです。

しかしこれで安心してはなりません。「偽陰性」の可能性もあります。

いやそれよりも、今回が陽性だった場合を想定して、行政や医療機関は予行演習をしておくべきでしょう。

米疾病対策センター(CDC)は、感染の恐れのある者を強制隔離はしないことを、明らかにしました。

そのような措置をとると、医療従事者の「英雄的行為」を消極的にさせるからだといいます。

たしかにエボラ出血熱は、致死率の高い恐ろしい病気ですが、感染力が強い感染症ではありません。

隔離を強制するほどの、科学的根拠がないのです。

一般に、病原体の感染経路を危ない順(感染しやすい順)に書いてみると、おおむね次の通りでしょうか。

(1)空気感染、(2)飛沫感染、(3)接触感染、(4)経口感染、(5)血液感染

エボラは接触で感染するように言われますが、粘膜や傷口に、患者の血液や体液が直接触れた場合だけです。

接触感染というよりは、経口感染や血液感染に近いかもしれません。

もちろん、感染者の体液が何に付着しているかわからない時は、用心するに越したことはありませんが。

今日見た「ひるおび」で、電話線を介して病気がうつる、と噂された時期があったと紹介していました。

明治時代、電話が普及し始めた頃にちょうどコレラが流行したので、このようなことが心配されたとのこと。

電話線を経由して細菌が感染することなどもちろん、科学的にあり得ないことです。

そのかわり電話回線などを介して、ウイルスが感染する時代にはなりましたけど。