胃潰瘍とアスピリン

脳梗塞や心筋梗塞等の既往がある方には、「<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-895.html" target="_blank" title="アスピリン">アスピリン</a>」を処方することがよくあります。

アスピリンには、血小板の働きを抑制して、血液をサラサラにする作用があるからです。

しかしアスピリンのような消炎剤は、胃粘膜を傷つけやすく、胃炎や胃潰瘍の原因になることがあります。

なので、胃潰瘍の人にアスピリンを処方することは、禁じられています。これを「禁忌薬」といいます。

では、脳梗塞や心筋梗塞等の既往がある方が、アスピリンが原因で胃潰瘍になったら、どうすべきでしょうか。

胃潰瘍は、「H2受容体拮抗薬」や「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」などの強い胃薬で治療します。

これらを処方する際は、「胃潰瘍」などの傷病名をレセプトに記載しなければなりません。

そしてひとたび胃潰瘍と診断すると、アスピリンは禁忌薬となり、処方を継続することができなくなります。

つまり脳梗塞や心筋梗塞等の既往がある方が、アスピリンで胃潰瘍になった場合、二者択一を迫られるのです。

保険診療上は、アスピリンを続けるか、胃潰瘍を治すか、どちらか一方しか選択できないということです。

アスピリンを続けつつ胃潰瘍も治療するという、当たり前のような診療が、保険では認められていません。

オカシな規則ですが、これはほんの一例に過ぎません。このような制約が、保険診療にはたくさんあります。

人のカラダの中では、色んな事が同時に起き得るのに、規則上、同時には治療できない疾患があるのです。

熱中症と熱射病

梅雨明けしたとたんに、熱中症が増えています。毎日のように、点滴が必要な患者さんが来院します。

昔は「日射病」と言っていましたが、やがて「熱射病」を経て、いまは「熱中症」が一般的な呼び方です。

日本救急医学会による熱中症の定義は、「暑熱環境における身体適応の障害によって起こる状態の総称」です。

従来はその症状から、「熱けいれん」「熱失神」「熱疲労」「熱射病」の4つに分類されていました。

どれが重症なのか、わかりにくいですね(熱射病が最重症)。そこで新たな分類が提唱されました。

【 I 度】 現場にて対処可能

【 II 度】 速やかに医療機関への受診が必要

【 III 度】 採血、医療者による判断により入院(場合により集中治療)が必要

え〜っと、なんていいますか、あらゆる病気で使えそうな、ありきたりの分類になってしまいました。

このうち【 III 度】が「熱射病」に相当します。中枢神経症状や、肝・腎・血液凝固障害等を呈するものです。

そうなると、わざわざ「熱中症」という言葉を使わなくても、いいような気がしてきます。

【 III 度】が熱射病なら、【 II 度】は軽度の熱射病、【 I 度】はごく軽度の熱射病、ではだめですか。

もともと「熱中症」の「中」は、「暑気中(あた)り」の「中」です。

「毒」に「中(あた)る」から「中毒」です。「熱」に「中(あた)る」なら「中熱」じゃないのでしょうか。

それをどうして「熱中」症にしたのか。そこのところから、間違っていたような気がします。

腹腔鏡下胆嚢摘出術

なにかと話題になっている「<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1304.html" target="_blank" title="腹腔鏡手術">腹腔鏡手術</a>」。これは「腹腔鏡」という器具を使って行う手術のことです。

腹部を切り開かず、腹腔鏡で体内をのぞき込みながら、ちまちまと、必要とする手術操作を行います。

私が研修医の頃は、まだ腹腔鏡手術はなく、たとえば「胆嚢摘出術」はすべて、腹部を切開して行いました。

外科の医療現場では、この術式を「胆摘(タンテキ)」と略して呼んでいました。

しかし今ではこの術式を「開腹胆嚢摘出術」といい、わざわざ「開腹」を頭に付けて呼びます。

腹腔鏡手術が始まると、まず胆嚢摘出術に広く応用され始めました。これが「腹腔鏡下胆嚢摘出術」です。

医療現場ではこれを「ラパ胆摘(ラパタンテキ)」、さらに略して「ラパ胆(ラパタン)」と呼びます。

「ラパ胆」の「ラパ」は、「ラパロスコピック」を略したものですが、そこが私は、納得できないのです。

「開腹胆嚢摘出術」は英語で「ラパロトミック(開腹)・コレシステクトミー(胆嚢摘出術)」といいます。

「腹腔鏡下胆嚢摘出術」は、「ラパロスコピック(腹腔鏡下)・コレシステクトミー(胆嚢摘出術)」です。

どちらの術式も、頭は「ラパロ」で始まります。「ラパロ」は「腹部」を表す言葉なのです。

なのに「ラパ胆」の「ラパ」は「ラパロスコピック」の意味に限定して使われています。オカシイでしょう。

「ラパ胆」のほか、「ラパ肝」とか「ラパ膵」とか、腹腔鏡下手術はどんどん守備範囲を広げています。

本来「ラパ」には「腹部」の意味しかないのに、いまや「ラパ」と言うだけで、腹腔鏡手術を意味します。

そこがどうしても、納得いきません。

血圧を一日中測る

高血圧症の方も、そうでない方も、自分の血圧をときどき測ってみることには、大いに意味があります。

その絶対値だけでなく、朝晩の違いとか、最近上がってきてないかとか、そういう変化を知るのも重要です。

毎朝毎晩、血圧を測ってノートに記録して、グラフにして、毎月持参する、几帳面な方が多いです。

一方で、体調が良かったのでこの1カ月間、血圧はまったく測らなかった、という方もいます。

少なくとも高血圧で薬物治療中の方は、薬の強さが適正かどうかを確認するためにも、血圧測定が必要です。

医療機関で月に1回だけ測ったのでは、あてになりません。日頃の血圧測定が大事です。

「白衣高血圧」という言葉があるように、医者や看護師の前では、緊張して血圧が高めになったりします。

その逆に、診察時には日頃よりも低くなって、正常な血圧に見える現象を「仮面高血圧」と言ったりします。

どちらの呼び方も、私は好きではありません。白衣の有無にかかわらず、血圧は変動するものなのです。

起床時、仕事中、入浴後、飲酒後など、血圧はけっこう上がり下がりしています。

血圧の日内変動が大きい人の場合はとくに、毎日いろんなタイミングで血圧を測る必要があります。

夜間睡眠時も含めて、血圧を一日中測定する「24時間自由行動下血圧測定」という検査法も有効です。

Apple Watchに、今回は血圧測定機能が盛り込まれなかった(間に合わなかった)のは、少々残念でした。

次のモデルで血圧測定ができるのであれば、また購入したくなります。

でも考えてみたら、夜間睡眠時に装着して血圧を測るとなると、いったいいつ充電するのでしょうね。

どうしてピロリか

<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1348.html" target="_blank" title="ピロリ除菌治療">ピロリ除菌治療</a>、続けてますよ。もちろん断酒も。

胃がんの原因につながる細菌なので、除菌した方が良いのですが、どうにも危機感を抱きにくい感染症です。

もしかするとそれは、菌の名前「ピロリ」からくる、可愛らしい印象が原因かもしれません。

凶悪な病原体のはずなのに、ピロリと聞くと、なぜか力が抜けてしまいます。

NHKの幼児番組「にこにこぷん」の弱虫キャラクター「ぽろり」にも似た、おとぼけイメージです。

生後2,3週の赤ちゃんが、哺乳するたびに勢いよく嘔吐する、「肥厚性幽門狭窄症」という病気があります。

胃の出口を「幽門」といいますが、その部分の筋肉が厚くなって狭くなる病気です。

胃の入口は「噴門」といいますが、その部分を逆流して胃の内容物がまさに、噴水のように出てきます。

肥厚性幽門狭窄症は、第1子の男の子に多い病気です。点滴で応急処置し、手術で幽門の筋肉を切り広げます。

幽門のことを、ラテン語で「ピロルス(pylorus)」といい、ここから発見されたので、ピロリ菌だそうです。

さらに「ピロルス」の語源は、ギリシア語の「ピロロス(πυλωρός)」で、元々は門番の意味だとか。

その門番が、異常にムキムキになった病気が、肥厚性幽門狭窄症というわけです。

なお、「ぽろり」の本名を調べたら、「ぽろり・カジリアッチIII世」でした。

ピロリ三次除菌

また出ました、ピロリ君(菌)。私の話です。いままで2度も除菌治療をしたのに、しぶといヤツです。

3度目の除菌(三次除菌)をすることになりました。

ピロリの除菌は通常、「胃酸分泌抑制剤+抗菌剤」で行います。

除菌そのものは抗菌剤の働きですが、胃が酸性だと抗菌剤が効きにくいので、胃酸分泌を抑制するのです。

胃酸分泌抑制には、「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」という、強力な制酸剤を使います。

抗菌剤は、ペニシリン系の抗生物質と、別系統の抗菌剤の2剤を併用します。

一定の病状(病名)と検査所見があれば、ピロリ除菌療法は保険適用となります。ただし2回目まで。

私のように3回目となると、保険が利きません。自費診療です。薬代は1週間分で約2万円。高い。

三次除菌には、なるべく強い胃酸分泌抑制剤と、とくに強い抗生剤を使います。

しかも、これらの薬剤はいずれも、通常の用量の倍量を服用します。副作用の心配も、大いにあります。

なので除菌中は、一次の時も二次の時でもそうですが、断酒が必要です。

強力な薬剤の代謝(解毒)を受け持つ肝臓を、それ以上酷使してはならないからです。

というわけで、今晩から断酒しています。1週間のガマンです。こんな季節に、悔しいです。

うっかりビールを飲みたくならないように、しばらくは、梅雨のジメジメした天気が続いてほしいものです。

ヘリウムガス吸引事故

テレビ番組の収録中に、12歳の少女がヘリウムガス吸引で意識を失った事故が、今年1月に起きました。

その経緯について、日本小児科学会がこのほど、学会誌の最新号で詳細を公表しました。

少女は、ガス吸引直後より右手を震わせ始め、後方へ転倒して後頭部を強打、全身痙攣を起こしたとのこと。

意識障害と低酸素が続き、入院6日目に再び痙攣。画像診断から空気塞栓症と判断し、高圧酸素療法を開始。

その後は徐々に回復し、3月には登校できるまでになったそうですが、いろいろ問題のある出来事です。

ずさんな収録現場の問題や、事故をすぐに公表しなかったテレビ朝日の体質については、今日は触れません。

それよりもなぜ、市販のヘリウム缶の吸入でそのような大事に至ったのか、今日はそれを考えてみます。

使われたボンベは、ヘリウム80%、酸素20%含有の日本製。5,000ccの「大人用」サイズだったそうです。

この、ありきたりのパーティーグッズで問題が起きた原因は、次の2つと思われます。

(1)体格に見合わない、大量のヘリウムガスを吸入した

(2)鼻をつまんで、真面目にしっかり吸入した

ヘリウムガスに限らず、肺活量を超える量の気体をボンベで圧入されると、肺(肺胞)は破れるのです。

これを「圧損傷(Barotrauma;バロトラウマ)」といいます。

肺はガス交換の場です。肺胞の周りには、肺動脈と肺静脈の毛細血管が、網目のように絡みついています。

肺胞が破れれば、周囲の血管も断裂します。そこにガスの圧力が加われば、血管内にガスが入り込みます。

とくに問題は肺静脈です。肺静脈内にガスが入ると、左心房、左心室を経て、大動脈に拍出されるからです。

それが頸動脈に流れ、脳内の血管を塞いでしまうと、脳塞栓を起こします。これが、今回の事故の概要です。

教訓

(1)子どもでは、体格を考慮して、ヘリウム缶のサイズ(容量)を選択すること

(2)より面白い声を出そうと思っても、あまり真面目に、一生懸命吸わないこと

ていうか、ヘリウム吸って面白い声を出す遊び、もうやめませんか。

病名と地名・人名

「新たな感染症の名称を定める際には、その中に、地域、国名、人名、動物の名称を含むべきではない」

WHOが先日発表した指針です。その例として「日本脳炎」などが挙げられています。

もちろん、すでに使われている病名を改称していく、という話ではありません。次からは、ということです。

しかし今後、名称変更を求める動きが起きれば、既存の病名が変わる可能性は、あるかもしれません。

動物愛護の精神からも、「狂犬病」などは、真っ先にやり玉に挙げられそうです。

「豚インフルエンザ」や「鳥インフルエンザ」も、動物虐殺につながるので、本来はNGだとされています。

地名で言うなら、「エボラ出血熱」や「ラッサ熱」などのウイルス性出血熱は、軒並みアウトですね。

胃腸炎を起こす「ノロウイルス」は、「ノーウォークウイルス(Norwalk virus)」の省略形です。

米ノーウォーク州で集団発生した胃腸炎患者から検出されたので、その名が付きました。

「ノロ」に略したので、ノーウォーク州民には好都合ですが、日本の「野呂」さんが黙ってはいません。

いや、冗談ではないのです。国際微生物学連合では「ノロウイルス」を使わないように求めています。

となるとこんどは、ノーウォーク州民が反発しそうです。

ノロと似たような胃腸炎を起こすものに「サポウイルス」があります。「サポ」の由来は「サッポロ」です。

札幌市で集団発生した胃腸炎患者から、検出されたウイルスだからです。生牡蠣などから感染します。

こちらはどう考えても、「サポウイルス」のままがよさそう。「サッポロウイルス」ではイヤでしょう。

「ウイルス」のかわりに「ビールス」と言ったものなら、「サッポロビールス」になってしまいます。

ツツガムシ病

青森や秋田や山形で、今年初の「ツツガムシ病」の患者報告が出始めました。これからが流行期のようです。

なかなか遭遇することがない病気のようですが、全国で、毎年数百人が罹患しているそうです。

「ツツガムシ」というダニが媒介して、「Orientia tsutsugamushi」という細菌の一種が感染する病気です。

主要3徴候は「刺し口、発熱、発疹」。刺し口は特徴的なので、見逃さないようにしなければなりません。

唱歌「故郷(ふるさと)」の二番は、「如何にいます父母 恙(つつが)なしや友がき」と始まります。

歌詞の「恙なし」というのは「ツツガムシ病」から来ている、という俗説があります。もちろんガセです。

私も学生時代まで、その説を信じていました。しかし真実は正反対。

「ツツガムシ病」が「恙ない」の語源ではなく、「恙ない」が「ツツガムシ病」の語源のようです。

遣隋使の国書の「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや、云々」という記載は有名。

もっと古い紀元前の文献にも「恙無きや」という表現が出てきます。

いずれも「恙(つつが)」=「病気・災難」であり、「恙無し」=「健やかである」という意味です。

東北地方で、ある風土病をもたらす虫が、「病を起こす虫」という意味で「恙虫」と名づけられました。

そしてその病気が「恙虫病(ツツガムシ病)」となりました。

つまり「ツツガムシ病」とは、「病をもたらす虫がもたらした病」という、おかしな名前なんですね。

飲んではいけない薬か

また週刊文春が、「飲んではいけない<a href="http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-1151.html" target="_blank" title="ジェネリック">ジェネリック</a>医薬品」などという、挑発的な記事を出しています。

「ジェネリックに変更したとたんに、薬疹が出た。その薬を止めたら、薬疹がおさまった」

このようなセンセーショナルな事例を、記事の冒頭に再び掲げています。

たしかにそのようなケースがあったのでしょう。当事者にとっては、それが事実なのでしょう。

しかし、数少ない事例のインパクトを利用して、ジェネリック全体をおとしめるやり方は、いかがなものか。

これはちょうど、衝撃的な副作用映像を報じて、子宮頸がん予防ワクチンをバッシングした手法と同じです。

たとえ、その薬に何らかの問題があったとしても、それを立証するには、統計学的手法を用いるべきです。

先発品と後発品(ジェネリック)の内服患者を、おおぜい比較検討してこそ、正しくモノが言えるからです。

「ジェネリック薬のほうが、薬疹が出やすいという印象を持つ医師や薬剤師は少なくない」

こんな非科学的な文章を平気で書くから、週刊誌の地位が、いつまでたっても上がらないのです。

「印象」という主観的な評価を、「少なくない」医師や薬剤師が持ったところで、何も立証できません。

医学は科学です。ジェネリックは先発品より劣っているのか、そうでないのか、先入観なく評価すべきです。

たしかに、製法やドラッグ・デリバリー技術など、先発メーカーには優れたノウハウが蓄積しています。

しかし個々の医薬品となると、ジェネリックの方が、先発品よりも優れているケースもあります。

たとえば、ある子ども用の抗生剤は、味の良いジェネリックの方でなければ飲めない子どもがいます。

先日TVで観た映画「チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像」では、興味深いシーンがありました。

薬を飲み始めて体が痒くなった患者が、薬をジェネリックに変えたら、痒みが消えたというエピソード。

冒頭の、週刊文春の記事とは真逆の事例です。このような経験は、実際に私にもあります。

そんなシーンをあえて盛り込んだのは、原作者である海堂尊氏からのメッセージなのかもしれません。