家族葬

このご時世でもあり「家族葬」です。

父は私のクリニックの外来患者でもあったので、スタッフが数名、昨日の通夜の弔問に来てくれました。

ですが今日の葬儀は、まったく身内だけの、こぢんまりした集まりでした。

「御斎(おとき)」は、法事の時の精進料理を指す言葉だそうですが、今日は実質的に身内の食事会でした。

これに先立って「箸割りの儀」が行われました。父の代わりに母が、食べ物に箸を付ける儀式です。

このような儀式には、それぞれに意味があり、作法に則って行うことが大事なのでしょう。

葬儀と通夜の、お経の内容の違いがよく分かりませんでしたが、いずれも厳粛な雰囲気で行われました。

手を合わせている間の私は、父の遺影をじっと見つめても、何も考えられなくて、空っぽな気持ちでした。

「弔辞」は私が読みました。息子としての大事なお務めです。思いの丈を綴りました。

原稿を書いているときはそうでもなかったのですが、本番で読んでいるとき、こみ上げるものがありました。

「出棺」に際して、父の身の回りの品を、副葬品として棺に入れました。

あの世で不自由しないようにと、母がどっさり用意してきた日用品を、杖以外は全部、入れました。

火葬場では、どのぐらいの温度で焼いているのだろうかと、母が私に尋ねました。

ググって900度ぐらいだと答えましたが、母がそんな数字を知りたいわけじゃないことは、わかっています。

とにかく気を紛らわせたいのでしょう。ひどく情緒が不安定なので、しばらくはフォローが必要です。

なお、お通夜と葬儀を行ったこの2日間は偶然にも、お盆休みとしてもともと臨時休診日にしていました。

診療や予防接種等の予約患者さんに迷惑をかけないようにと、父が配慮してくれたのだと思えてなりません。