紙幣の登場人物

一般の小売店と同様に医療機関でも、現金払いの際に必要な十分量の釣り銭を、あらかじめ準備しています。

当院のレジには、5千円札と千円札と硬貨6種類を、それぞれ一定数、配置しています。

診療終了後に釣り銭の増減をきちんと確認し、必要なら補充し、それぞれを定数に揃え、翌朝に備えます。

毎晩毎晩そのような現金勘定をしていると、ひどく汚れた硬貨や、破れかけた紙幣に出くわします。

真っ二つにちぎれそうなお札や、一部欠損して面積が小さくなったものにも出会います。

ごくたまに、夏目漱石の千円札が登場します。色合いは野口英世に似ていますが、なんか間抜けな感じです。

子どもの頃の千円札は、伊藤博文でした。今の青っぽい札とは異なり、金色っぽかった思い出があります。

いまの一万円札は福沢諭吉ですが、昔は聖徳太子でした。当時「聖徳太子」と言えば一万円札と同義でしたね。

五千円札というのは微妙な立ち位置にある紙幣ですが、今の樋口一葉も、先代の新渡戸稲造も、微妙。

記憶に新しい発行停止紙幣は岩倉具視の五百円札で、小学生時代にいちばんよく使ったのは板垣退助の百円札。

なぜこんな話をするのかというと、きっかけは大河ドラマ『西郷どん』で笑福亭鶴瓶が演じる岩倉具視です。

私の中では、蝶ネクタイでキリッとした五百円札の肖像が岩倉具視なので、鶴瓶とはギャップがありすぎです。

ついでに言うならドラマの板垣は、あの百円札のギネスもののヒゲの印象が強い板垣退助とはまったく違う。

さらに言えば伊藤博文だって、千円札とはまるで別人。朝の連ドラ『まんぷく』の牧善之介にしか見えません。

たぶん、岩倉も板垣も伊藤も、紙幣はその晩年の姿なのでしょうけど、染みついた観念は変えられません。