外科手術では、消化管や血管や骨や筋肉や皮膚を縫合するとき、専用の特殊な縫合糸やワイヤーを使います。
糸だけではありません。手術操作の内容によっては、特殊な布や管なども使います。
それらの人工物は体内に残るので、できるだけ異物反応を起こさないような、特殊な素材で作られています。
しかし、生体がとくに過敏な状態になると、そのような特殊素材に対しても、異物反応を起こしてしまいます。
とくに、その人工物が細菌に感染すると、強い炎症反応が起き、細菌が死滅しても反応だけが続いたりします。
この反応を完全に鎮静化するのは難しく、場合によっては、人工素材を取り除かなければならなくなります。
およそ11年前に私が関与した心臓外科手術後に、胸骨を縫合した糸に対する異物反応が続いた少年がいます。
たびたび傷口が化膿するため、何度も何度も再手術が必要となり、そのたびに入院しなければなりません。
苦しい手術、完治への期待、そして再発による失望を繰り返す年月で、少年期を過ごさせてしまいました。
しかしようやく、ほぼ11年ぶりに、こんどこそ完治できたという感触が得られました。
胸骨を縫合していた、最後の糸が摘出できたからです。本当に良かった、K君よく頑張ってくれたと思います。
30年近く前に私が執刀した男児に、執拗な異物反応が起きたケースも思い出されます。
胸部の傷口の感染がきっかけで、心臓内部の欠損を閉鎖した特殊素材の布にも、感染が起きてしまいました。
ところが、長い長い年月にわたって抗生剤等による治療を続けていたところ、奇跡が起きました。
本来、心臓内部の奥深くに縫着されていたはずの布が、ある日、胸の皮膚の傷口からポロッと出てきたのです。
布がどのようなルートを辿ったのか、わかりません。もはや、生命の神秘というほかありません。
子供の頃、足に刺さったトゲは体に深く入り込み、ついに心臓まで達してしまうと聞いて、怖かったものです。
でも、本来の生体反応はその反対。異物はなるべく体の外に押し出そうと、生体は必死に反応するようです。