自動車のフロントに「しめ飾り」を付けて走っているのって、最近見かけませんね。
そんなことを思いながら、今日はわが家の玄関に、しめ飾りを取り付けました。
28日までに飾るのが良いのですが、仕事納めから帰宅した夜は、バタバタしていたので忘れてました。
29日に飾るのは、「二重苦」につながるとされているので、飾ることができず。
31日では「一夜飾り」と言われて良くない。なのでチャンスは今日、30日しかなかったわけです。
「しめ飾り」は漢字で、「注連飾り」と書きますね。ほかに「標飾り」とか「七五三飾り」とも書くそうです。
これらは「しめ縄」も同じ。「締め飾り」とか「締め縄」と書いてもしっくりきそうですが、間違いです。
では「締め」ではない「しめ」とはなんぞや、という話になりますね。調べたら「占め」でした。
自分の占有であることを示すしるしが、動詞「占める」の連用形を名詞化して「標(しめ)」だそうです。
とくに「神の居る地域などの立入を禁ずる」ために、木を立てたり縄を張ったりすることのようです。
その由来は、天の岩戸から出てきた天照大神がまた隠れないように、岩戸の入口に張った縄とされています。
つまり最初は、神を締め出して立ち入らないようにするための、結界だったんですね。
それが逆転して、しめ縄やしめ飾りは、内部に神様が居るので不浄の侵入を防ぐための、結界となりました。
さらに転じて、正月に年神様が家に来ていることを表す目印が、しめ飾りというわけです。
似たような結界を、中国では死者の出棺後に、再び死者の霊魂が入らないようにするために使うそうです。
これを「注連(ちゅうれん)」といい、日本の「しめ」とは意味が異なるのですが、似ています。
似ているので、漢字をいただいて「しめ」を「注連」と書くようになったそうです。誤解を招く当て字ですね。
以下余談です。
「しめ」と言えば、福岡市の東に隣接して「志免(しめ)町」があります。これも「しめ」です。
宇美八幡宮の注連縄を作った場所だというのが、地名の由来だそうです。偶然の一致ではありませんでした。
ちなみにその宇美八幡宮は、志免町の南に隣接する、「宇美(うみ)町」にあります。
三韓征伐から帰ってきた神功皇后が、応神天皇を産んだ場所です。「産み」が「宇美」の由来です。
こうしてみると「注連」も「志免」も「宇美」も、その文字そのものは、本来の意味とは無関係なんですね。