パキラに水やり

毎朝、クリニックのパキラに水をやります。挿し木から芽を出し始めたばかりの、伸び盛りの子どもたちです。

日に日に成長しているパキラに私は目を細めて、「お水あげようね〜」などと口にしているかもしれません。

植物に水を「やる」とか、ペットにエサを「やる」と言わず、水やエサを「あげる」と言う場合があります。

「遣る(やる)」という言葉は、「目下の者や動植物などに、何かを与える」という意味で使われます。

なので「あげる」というのは、相手を自分と対等と考えた、愛情あふれる表現なのです。

私の場合、第三人称としての動植物には「やる」を使うのに、直接相対すると「あげる」になるようです。

目下の者に対して使う「やる」ですが、昔は、対等な相手にも使っていたそうです。

一方で「あげる」も、昔は目上の人に差し出す意味だったそうですが、いまでは対等か目下相手の言葉です。

どうやら敬語は、長い間使われていくうちに、だんだんと敬語の程度が低下していくようです。

たとえば「食べる」は「食う」の謙譲語または丁寧語だったそうですが、すでに尊敬意識は失われています。

おかげで「食う」は、相対的に丁寧度の低い言葉になってしまいました。

そのうち、植物に水を「あげる」、犬にエサを「あげる」が、普通の使われ方になるのでしょう。

エサを「やる」などと言ったものなら、動物愛護の精神にもとると、叱られそうです。