手先の器用さと外科医

手先は器用だったはずなのに、細かい手作業をしようとすると、手よりも視力が追いつかなくなりました。

勤務医(外科医)時代には、「器用じゃないと、手術はできないんでしょう?」と、よく言われたものです。

「まあそうですかね」と答えたあとで、「器用さだけじゃないんだけどな」と、いつも思っていました。

外科医であるための必要条件は、器用さ以外にもたくさんあります。

病態を熟知し、治療戦略を練り、手術をデザインし、先を読み、臨機応変に対処できなければなりません。

その上で、自分のイメージした通りに、手が動かなければなりません。

たとえばある局面では、3ミリ幅の部分に、極細の糸を、0.5ミリ間隔で6針縫合する必要があったとします。

針を刺す場所が、イメージよりもわずかにズレると、あとで縫合部から出血してしまうかもしれません。

ズレに気づいて針を指し直せば、こんどは針穴が出来てしまい、それも出血のリスクです。

止血しようと繕えば繕うほど、縫合部がいびつになり、変形し、仕上がりがどんどん悪くなります。

仕上がりの出来不出来は手術の成否にも影響し、心臓手術の場合には生命の危険にも直結します。

外科医にとって、イメージ通りの手術操作ができるか(手が動くか)どうかは、あまりにも重要なことです。

手術中には何度も、一針入魂の重要局面が訪れます。器用さだけで乗り切れるものではありません。

だから「器用じゃないと、手術はできないんでしょう?」などと言われると、少々がっかりするのです。